『2020年の恋人たち』島本理生
――母の営んでいたワインバーを継ぐことになった娘・葵。引きこもりの同棲相手や、バーに雇ったスタッフ、既婚者のグルメ雑誌の副編集長など、様々な男性との関係が描かれた一冊です。
山本 僕は島本さんの作品がどれも大好きで、ずっと読んできているのですが、過去作と少し違う部分があって印象に残りました。これまでの作品は、主人公の女性が、男性から向けられた性的な視線を、内に溜め込んで、最後にバーンと跳ね返す、という展開が多かったのですが、今作は葵が男性からの好意をポンポン打ち返していく。だからこそ、毎回男性側のプライドや欲望が露わになって、読み応えがありました。
ただ個人的には、今作の後に刊行された『星のように離れて雨のように散った』(文藝春秋)の方が好きなんです。宮沢賢治の研究をする女子学生の物語なのですが、男性との関係性の描き方がとても上手い。主人公は、性的な視線を向けてくる男性を受け入れるのではなく、うまく関係性を保ちながら相対していく。ぜひこの作品も多くの方に読んでいただきたいですね。
加藤 葵のもとに次々と男性が現れて、しかもみんな言い寄ってくるという展開が、ちょっと上手くできすぎているというか、「こんなことある?」と引っかかってしまいました。
――『東京カレンダー』に出てくる港区女子みたい、という感想が編集部でありました。
加藤 そうなんです(笑)。それぞれの男性をめぐる、葵の葛藤が繊細に書かれていて、これこそザ・大人の恋愛なのかな、とも思うのですが。
花田 葵のモテモテな、逆ハーレムな感じは、私はギャルゲーを遊んでいる気分で楽しかったです。ネガティブな感情は湧かなくて、例えばダンスや歌が上手い人のステージを見ているような気分で、「こんなにモテたら楽しいだろうな」と、皮肉ではなく、純粋にそう思いながら読みました。候補作のなかで一番この主人公が恋愛に生きていて、恋愛を信じている感じがしましたね。恋愛が忘れ去られがちな時代に、恋愛もいいなと思えるのが、この本の良いところだと思います。あと、二一五ページにある一文、「どこへ行っても、男、男、男。だけど女だけで救い合えれば、すべてが解決するのか」という一文がすごく好きで。この文章に出会うために、この小説はあるのではないかと思いました。最近は、シスターフッドがブームで、もちろん素晴らしいことなのですが、女同士で仲良くするだけでは満たされない、物足りない部分があるんじゃないの? という、綺麗ごと抜きの本音をぶっ放してくれている。今の時代に、あえて葵のような女性の生き方を提示する、島本さんのその覚悟にグッときました。
大塚 ストレートな恋愛小説で、候補作のなかで最も安心して読めた作品でした。確かに、現実ではここまで男性は寄ってこないと思うのですが(笑)、私は「これはファンタジーである」という前提で読んだので、そんなに気になりませんでした。ただ最後にコロナの世界が出てきて、私は一気に興ざめしてしまったんです。作家としての目的意識から書かれたのだろうと思うのですが、読者としては、最後までファンタジーを楽しませてほしかったです。
加藤 私もコロナ禍の部分、すごく残念に思いました。急に現実に引き戻される感じがしますよね。
川俣 「恋愛、いいかもしれない」と思わせてくれる小説でした。個人的に、葵に共感は全くしないですし、そもそもこんなに恋愛ばかりの生活は無理! と思いますが(笑)、葵の友人が、彼女のことを「冒険家みたい」と評する場面があって、まさに冒険小説を読んでいる気持ちで楽しみました。男性たちに対して、葵が依存しないところ、きちんと自分の足で立っているのも良かったです。
花田 出てくる男性を書きだしたら九人いたのですが、その書き分けが本当に上手で、読者を飽きさせないのもさすがだと思いましたね。私は『2020年の恋人たち』を大人の恋愛小説大賞に推します。
川俣 私も『2020年の恋人たち』でお願いします。エンタメとして、恋愛小説を最も楽しめた作品でした。
山本 僕はやっぱり『料理なんて愛なんて』を一位にしたいですね。これからの佐々木さんの活躍への期待も込めて。
加藤 『オーラの発表会』を推すつもりで来ましたが、皆さんのご意見を伺って、やっぱり「大人の恋愛小説」というからには『2020年の恋人たち』なのかなと思い始めました。『東京カレンダー』感をグッと我慢すれば(笑)、あとは本当に面白かったので。
大塚 個人的な“推し”は『オーラの発表会』なんです。でも、「大人の恋愛小説大賞」っぽさを考慮すると、『2020年の恋人たち』がもっともふさわしいのかなと思います。書店員の立場から、第一回の受賞作として売り出しやすいという気持ちもありますね。ただ、どうしてもコロナの場面が勿体なかった……。
山本 コロナの描写は、コロナ後の世界に対する希望に繋がっていくのではないかと僕は読みました。
花田 東日本大震災のあとも、ラストだけ展開を変えた小説が結構ありました。バッドエンドにしていたけれど、希望を持たせる終わり方にしたり。確かにコロナの描写は必須ではないと思うのですが、だからといって作品全体が台無しになっているわけでは決してないですよね。
山本 うーん、やっぱり僕も一位は『2020年の恋人たち』にします!
――長時間にわたる議論、お疲れ様でした。紆余曲折ありましたが、最終的には満票ということで、第一回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」は島本理生さんの『2020年の恋人たち』に決定いたしました。
一同 (拍手)
加藤 私はこれまで恋愛小説を毛嫌いしている部分があったので、色々な恋愛の形があるのだなと勉強になりました。綿矢りささんの作品の面白さを改めて実感できたのも良かったです。
花田 最終的に議論の争点が「大人の恋愛かそうでないか」という部分になってしまったので、次回からは、その前提条件が一致した状態でお話しできたら、さらに面白い会になると思いました。
大塚 候補作の主人公の年代もバラバラだったので、選びにくい部分はありましたね。
川俣 最近おすすめの恋愛小説は、『残月記』(小田雅久仁)です。ファンタジーの恋愛ものとして、すごく良くできていて、大好きな作品です。
山本 『愛じゃないならこれは何』(斜線堂有紀)は、女性作家さんの描く大人の恋愛という雰囲気でおすすめです。最近、若い作家さんと話していると、氷室冴子さんの評価がすごく高くて。そういう作品に影響を受けた恋愛小説も読んでみたいですね。
――ありがとうございました。2022年も色々な恋愛小説に出会えることを楽しみにしています。
(2021年12月3日収録/(「オール讀物」2月号より))
『2020年の恋人たち』 あらすじ
ワインバーを営んでいた母が突然の事故死。三十二歳の娘・前原葵には、戸籍上の父親がおらず、バーの経営は母の愛人・稲垣という男に頼っていた。そんな複雑な事情を抱える葵は、稲垣の息子である義兄から店を手放すように勧められる。高圧的な態度を貫き、別の女性を雇おうと企む義兄に対し、苛立ちを募らせる葵。日中は会社員として働きながら、バーを引き継ぐことを決意する。
引きこもりの同棲相手・港や、母の時代からの常連客・幸村との関係に翻弄されるなか、葵は稲垣のような後ろ盾もないまま、ワインの勉強を熱心に重ね、バー「白」の経営に精力的に取り組む。
バーに雇った料理人・松尾、グルメ雑誌の副編集長で既婚者の瀬名、偶然立ち寄ったレストランの店主・海伊、義兄の妹・瑠衣、出張先で意気投合した芹、離婚問題に悩む叔母・弓子。新しい環境のもとで様々な人々と出会い、それぞれの抱える事情と向き合うなかで、葵の心は日々揺れ動く。めまぐるしく変化する日常のなかで、葵はどんな人生を選び取っていくのか――。
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