そういえば文庫版『楽園の烏』には、文庫化に際して初めて書き下ろしのプロローグが挿入されています。書き下ろしとは言いましたが、実際は単行本の時のゲラにはあったけれど、校了の直前に削除した部分を復活させた――というのが正しいです。
正直、既に商品として世に出回っている原稿には、あまり手を加えたくはありません。
ですが今回は、あえてそうさせて頂きました。
そもそもどうして最初はあったプロローグを「トル」にしたのかといいますと、「第2部の1ページ目を何にするか」という点で、最後まで迷っていたせいでした。
『楽園の烏』発表当時、第2部の情報は徹底して伏せられており、読者さん達はあらすじで主人公とされる「安原はじめ」さえ誰か分からない、という状態でした。
そんな状態で手に取った『楽園の烏』を開いて最初に目に飛び込んでくる文が、そのプロローグで果たして良いのか……ということがネックになったのです。
あのプロローグの形式は、八咫烏シリーズ第1部で何度か使用したものです。
第2部から読み始めた人もいるでしょうが、多くの第1部既読者にとってはなじみ深い形であり、「八咫烏シリーズっぽさ」=「山内っぽさ」がありました。
現代日本から異世界へと連れ出される安原はじめと同調させるべく、せっかく読者さんを「何がどうなっているのかさっぱり分からん」状態になるような構成にしたのに、このプロローグがその効果を削いでしまう危険性があると考えたのです。
校了の直前まで悩みに悩み、編集さんと何度も相談した結果、そのプロローグは「トル」にして、代わりに現代日本に原典がある前文を入れることにしたのでした。
ところがです。今は状況が違います。
『楽園の烏』が世に出て2年以上が経過し、いたるところで感想が出回り、続刊の『追憶の烏』が世に出た結果、たとえ未読者であっても、『楽園の烏』が第1部の未来を描いたものであること、共通して出て来るキャラクターがいるということを何となく分かった状態になっています。
ネタバレを避けている方も当然いらっしゃるでしょうが、多くの人が「第2部がどうなっているのか知らない」という土壌を共有していた2年前とは、明らかに空気が変わったと私は感じています。
そうなると、単行本発売当時に重視していた「初見の衝撃」よりも、「物語としての構成」のほうに少しだけ重心が移ります。その結果として天秤が逆転し、2年前に削除したプロローグを復活させることにしたのでした。
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