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土佐料理を前に、山本一力に初めて会ったときのこと

土佐料理を前に、山本一力に初めて会ったときのこと

文:長宗我部 友親 (長宗我部家十七代目当主)

『ほかげ橋夕景』(山本 一力)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『ほかげ橋夕景』(山本 一力)

 土佐の女性は酒と話が好きである。だから、土佐で有名な皿鉢(さわち)料理には前菜からデザートまでがすべてひとつに盛り込まれている。それはその家の主婦がどんと大皿一枚を出して、あとは酒だけを持ち込み、客とともに主婦も一緒に座を楽しむための工夫である。

 山本一力に最初に会ったのは、そんな美味しい土佐料理を前にしてであった。その席は、山本一力と小学校時代に同じ教師に学んだ私の友人が、四国土佐の長宗我部家の末裔である私を山本夫妻に紹介するために用意してくれていた。そして、山本一力フアンであった私はいそいそと出掛け、酒と肴の勢いもあり長宗我部家に伝わる話を、その時脈絡もなくしてしまったのである。彼はうつむき加減に、静かに聞いていたが、ふいと顔を上げると「“銀子三枚”と、“たもと石”の話、この二つは小説にしましょう。」といった。

 書き進むきっかけがひらめいたのだと思うが、タイトルになる言葉を切り取る感覚には感服した。本書に収録された『銀子三枚』は平成二十二年度の日本文藝家協会編『代表作時代小説』(光文社)に選ばれた。『たもと石』は四国の覇者、長宗我部元親の妹、養甫にまつわる話で、『朝の霧』(文藝春秋)の最終章に収まっている。

 

 本書『ほかげ橋夕景』には、表題作をはじめ、『銀子三枚』や『藍染めの』、それに晩年の清水の次郎長の知られざる挿話『言えねえずら』など八本が収録されているが、それらの作品のいずれもが、冒頭から数枚読むだけで、すっと作品の時代に引き込まれていく。

 

 表題作『ほかげ橋夕景』は、深川山本町の堀に架かった五ノ橋で、その西詰に常夜灯があるいわゆる「火影橋(ほかげばし)」が舞台装置として使われている。大工の傳次郎(でんじろう)の娘のおすみが主人公だが、その常夜灯が置かれた橋を火影橋と名づけたのは今は亡き傳次郎の妻でおすみの母親であったおきちだ。彼女はかつて両国橋西詰の料亭で働いていた。この作品を読んでいると自然に、人情の町、深川の川風が吹いてくるような錯覚にとらわれる。

 山本一力の『ほかげ橋夕景』でのテーマは、引き継がれてゆく親子の思いと下町の人情風景、である。それはおきち夫婦からおすみへと受け継がれ、そして近く所帯を持つであろう、おすみ夫婦からまたその子へと、時代を経て繫がっていくことを思わせる。ラストが印象深い。

 

 肩に担いだ道具箱が、軽やかにカタンッと鳴った。

 おすみは紅だすきに手をかけた。

 

「肩に担いだ道具箱が、軽やかにカタンッと鳴った。」で終わってもよい。けれど、おすみが紅だすきに手をかけるという姿を描いて、さらに次に続いていく流れを作っているところが山本一力らしい。

 この手法は、長宗我部元親の家臣であった、波川玄蕃の内乱を描いた『朝の霧』の最後の場面にもでてくる。夫の玄蕃、それにわが子までも兄である元親に殺されて、失意のどん底に落とされた養甫が、焼け落ちた玄蕃の城影を映す仁淀川の河原の小石を、たもとに入れる、という動作と、「明日もまた、石を拾いに参ります」という養甫の言葉で、この小説は終わる。この幕切れの演出は、余韻を残す。

 

『藍染めの』は、伊勢型紙彫り職人である佐五郎の一途な愛が描かれている。親方の娘さゆりは「白桃のような甘い香り」を漂わせている美しい娘。だが、不幸にもその娘は、佐五郎ではなく、商品を納めている吉野屋の息子に恋心を抱いている。さてこの苦しい恋のねじれをいかに解いてゆくか。むろん娘の父親である親方はしきたりに厳しい職人中の職人である。山本一力はこうした人物を描くのが得意だ。そして、その下町の人々が作り上げていく世界が、また心地よい。

文春文庫
ほかげ橋夕景
山本一力

定価:957円(税込)発売日:2023年06月07日

電子書籍
ほかげ橋夕景
山本一力

発売日:2023年06月07日

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