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土佐料理を前に、山本一力に初めて会ったときのこと

土佐料理を前に、山本一力に初めて会ったときのこと

文:長宗我部 友親 (長宗我部家十七代目当主)

『ほかげ橋夕景』(山本 一力)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 最初に山本一力の作品に私が出会ったのは、直木賞を受賞した『あかね空』である。徳川将軍のお膝もと、「貧乏人が助(す)けあって暮らす町」である深川に関西訛りの大柄な男、永吉が突然やってきて、京豆腐を売り始める。冒頭の長屋の情景描写から、切れのよいタッチで物語は進んでゆく。まるでそこに舞台のセットがあって、人情深い人々が相次いで登場し、粋な芝居が眼前で繰り広げられていくような筆致が気に入って、一気に読み進んでしまった。そのうえ、亀戸天神で迷子になり、その行方がわからなくなってしまった息子を永吉にかさね、そっと陰から永吉の手助けをし続ける相州屋夫婦の存在をはじめ、大団円に向かう幾重にも計算された筋立てには泣かされた。ディテールもきっちりと書き込まれている。卓越した構想力が感じられる、すごい作家が出てきたと思った。

 

 その作家に土佐料理の店で会え、さらに伝えたかった話が本当に小説になった。

『銀子三枚』について述べる。

 読み始めて、書き出しの場面で私は突如体が震えるような感覚に襲われた。『銀子三枚』は、長宗我部元親の末弟で、私の先祖にあたる長宗我部親房(別名島親房)の三代目である與助(小説では嶋璵介)が主人公になっているが、その時代に漂っていたピンと張りつめた空気が、読み始めると同時に私に伝わってきた。そうか、こういう思いをして、與助は時の藩主である山内家、ひいては徳川政権に、與助の父、五郎左衛門と自分の「差し出し」(身上調書)をしたためていたのか。あたかも與助が文机に向かっているその場に私が引き出され、凜とした彼の後姿を見せつけられているような不思議な感覚に、陥った。物語の展開には、その時代の生きた空気が必要である。山本一力はいとも容易にそれを生み出す。

 この物語に登場する五郎左衛門には謎が多い。彼が長宗我部家の血を引く人物であり、親房の後を継いでいることは、山内家の二代目忠義から手紙をもらっている史実などからもわかる。だが、それは間接記録によるのであって、この五郎左衛門本人が直接記したものは何も見当たらない。というか消し去られてしまっている。逆にそういうことからもこの人物は、長宗我部家の血の流れの中で重要なカギを握っていたと推察できる。作家として山本一力がその謎の一面を大胆に解き明かしたのがこの『銀子三枚』である。また、山内家から五郎左衛門が隠居に際して頂戴したという報奨金の銀子三枚を、息子の與助はいったい何に使用したのか。山本一力は答えをこの作品の中で出している。その着想にうならされた。

 

 山本一力の作品には悪人があまり登場しない。やくざでさえその心根は太く優しい。ささくれ立った現代に、安心して読める作品であるのはそのためでもあると思う。また登場する主人公はほとんどが夫婦仲が良く、家族の絆が強い。二〇一二年には一家そろってアメリカに渡り、国道66号線四千キロの長旅を実行されたという、作家の実生活がそうだからでもあろう。

文春文庫
ほかげ橋夕景
山本一力

定価:957円(税込)発売日:2023年06月07日

電子書籍
ほかげ橋夕景
山本一力

発売日:2023年06月07日

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