
- 2025.05.22
- 読書オンライン
【文春推理部・文字版】『交番相談員 百目鬼巴』はなぜ面白い?
文藝出版局
長岡弘樹『交番相談員 百目鬼巴』、服藤恵三『警視庁科学捜査官』
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
,#ノンフィクション
「推理」「びっくり」「ミステリー!」の掛け声でおなじみ。本の話ポッドキャストの人気コンテンツ「文春推理部」を、文字でもお届けします。今回は「文春推理部」初参加の営業部・Dがとても面白い新刊ミステリーを見つけたとのことで……
(出演:「オール讀物」編集長・石井、出版部・K、営業部・D)
◆◆◆
石井 こんにちは。「文春推理部」です。最近「推理部」の企画が多いですね。
K 文藝春秋社内で、ミステリ―が流行っているみたいです。
石井 今日も急遽招集がかかったのですが、なぜかといいますと、営業部のDさん。今回初めて登場ですか?
D はじめまして。
石井 このDさんが、大変面白いミステリーを見つけたそうなんです。
D 初めてで緊張しているのですが、よろしくお願いします。
今日、私が紹介したいのは、長岡弘樹さんの『交番相談員 百目鬼巴(どうめき・ともえ)』です。

K 長岡弘樹さんといえば、ドラマ化した「教場」シリーズが有名ですね。
D そうなんです。私はいままで長岡さんの作品を読んだことがなくて、イメージとしてはちょっと固い感じの小説なのかな、と思っていたんです。でも今回、営業部にあった見本の装丁に惹かれてちょっと読んでみたら、もう、めちゃくちゃ読みやすくて! 私は、ミステリーにはあまり詳しくないんですが、これはちょっと異色な感じのミステリーなのではないかと。
石井 読んだことのないタイプの?
D はい、そうです!
石井 どんなところが良かったのか聞いていきましょう。
警察官たちの「日常の謎」とは?
D 『交番相談員 百目鬼巴』は、警察を退職して「交番相談員」として働く初老の女性、百目鬼巴が、若手警察官たちと接しながらいろんな事件の裏側を見抜いていくという短編集です。でも普通の警察小説とは少し違っていて、警察官たちの「日常の謎」とでも言えばいいのでしょうか。ふつう、日常の謎を扱った作品では、殺人などの大事件は起きないものだと思うんですけど、実は警察官にとっては、事件が日常なんですよね。
K 確かにそうかもしれません。
D 日常のなかで殺人事件に遭遇したりですとか、基本的に警察官にとっての日常って平和じゃないものだと思うんです。そういう警察官の日常とミステリーをうまく絡めて書いていて、特に第一話。
K 「裏庭のある交番」ですね。
D これが私にとっては不意打ちで。面白過ぎる! と思ってそこからは一気読みでした。
K 冒頭部分の百目鬼巴、まるでホームズみたいじゃないですか?
D ですよね。トラックの運転手だと名乗る人が財布を失くしたからとお金を借りにきて、同僚の若手警察官は寸借詐欺だと思うんだけど……
K 百目鬼は「これこれこういう理由から、この人は嘘をついていない」と見抜いて。
D 一緒に働いている警察官も、読者も「ただものじゃないな」と思う、素敵な導入でした。
K 見事にポイントをおさえた紹介をありがとうございます。実はこの作品、私が単行本の編集を担当したのですが、最初に「オール讀物」で原稿をいただいたのは石井さんなんですよね。
石井 そうなんです。まず、文藝春秋と長岡弘樹さんの関わりから話しておきますと、この作品より前に、『119』という消防士を視点人物にした作品を書いていただいていまして、そのころから「次は警察官ですね」という話はしていたんです。
K しかし石井さんが「オール讀物」から異動になって、次の作品までしばらく時間が空いてしまうんですよね。
石井 久しぶりに「オール讀物」に戻ってきて、また長岡さんに執筆をお願いしようと思ったときにですね、非常に重要な本が文藝春秋から出るんです。みなさんご存知でしょうか。服藤恵三さんという方の『警視庁科学捜査官 難事件に科学で挑んだ男の極秘ファイル』。

K タイトルは存じ上げていますが、まだ読めていなくて。
石井 これはね、本当にすごい本で、これから警察を舞台にミステリーを書こうという作家の方は絶対に読んでおかなくてはならない必読の資料なんですよ。
K この服藤さんという方は、日本初の「科学捜査官」だということなのですが……
石井 警視庁で最初に科学捜査官のポストに就いた方で、どのくらいすごいかというと、例えば今から30年前、地下鉄サリン事件が起きましたね。地下鉄で人がバタバタと倒れ、まったく原因が分からないなか、使われた薬品がサリンであるということを日本で最初に鑑定した方なんです。
D えっ、超有名人じゃないですか。
石井 和歌山カレー事件で使われたのが「ヒ素」ではないかとアドバイスしたのもこの方です。
K そちらも? ……すごすぎませんか?
『警視庁科学捜査官』から生まれた
石井 この『警視庁科学捜査官』の本が出るとき、担当編集者から「推薦コメントを書いてくれる作家の方はいませんか」と相談されて。これは警察小説の名手である長岡弘樹さんがうってつけじゃないかとゲラをお送りしたらすぐ「やります」とお返事がありました。「こんなに面白い警察の資料を初めて読みました」と。
K 良かったですね。長岡さんは常に執筆のための資料を求めているそうですから。
石井 そのときに、こういう科学捜査ネタで書いてくださいよ、とお願いしたんです。長岡さんも「これは書けそうですね」とおっしゃって、2021年の「オール讀物」12月号にいただいたのが百目鬼巴シリーズ第一弾の「裏庭のある交番」です。
D 蓋を開けてみると、がっつり科学捜査って感じではないですけど、どこかケミカルな感じはありますよね。
K トイレの洗剤と入浴剤を使った硫化水素中毒が出てきたりして。
石井 今後、どのような形の話も作れるように、科学捜査の知識もある、謎のスーパー相談員として百目鬼巴というキャラクターができたんでしょうね。この百目鬼巴っていうキャラクター、どうですか?
D チャーミングで、愛すべきおばちゃんって感じですね。知識も洞察力もあるんだけど、それをひけらかしたり、押しつけがましい感じでもない。4話めの「冬の刻印」で、骨折した同僚に付き添って整形外科に行くシーンがあるんですけど、そのあたりなんかとても人間味があります。
K 好奇心旺盛で、年齢にしては若い感じもある人です。でも、やっぱりちょっと「変」じゃないですか? 一般的な公務員のイメージとは違うところがある。四角四面ではなく、柔軟な考え方を持っていて、そこがまた魅力的です。

日本に二人しかいないタイプのミステリー作家
石井 長岡さんは、核となるアイデアの膨らませ方が名人級で、最終話の「土中の座標」ではある通信手段が出てきますが、おそらくそのウンチクから膨らませてこの話を作ってるんですよ。
D 「土中の座標」、すごく面白かったです! この本を読んでいる途中からKさんに「最終話面白いよ」って聞いて期待値があがっていたんですけど、その期待をさらに上回ってきました。
石井 登場人物二人のあいだで絶妙な言葉が出てきますけど、その言葉を聞くシチュエーションがまたすごいでしょ。これはたぶん、この話を成り立たせるためにあとから無理やり考え出したシチュエーションなんですよ。でも、読むと無理やり感がない。
長岡さんは、アイデアをひたすら探し続けて、「これはいける」と思ったら、そこを徹底的に掘り広げて一篇の作品へと仕上げていくタイプ。だからどんな事件が起きるかとか、どんな人が登場するかというのはアイデア次第なんです。
K こういうタイプの書き方だと、シリーズものを書くのが難しいはずなんですけど、百目鬼巴が「安楽椅子探偵」タイプのキャラクターだから成立しているんですよね。そして、この短篇集、一篇一篇が意外なほど短くないですか?
石井 短いです。
K この短さで事件の始まりから終わりまでしっかり描けているっていうのはかなり珍しいように思います。
石井 ミステリーってどうしても長くなりがちですから、これは特殊な技術です。
K やっぱりそうですよね?
石井 この技術を持っているのは、本格ミステリーの世界では長岡弘樹さんと大山誠一郎さんのお二人だけではないでしょうか。
D 二人だけ。
石井 大山誠一郎さんなんて、本格ミステリー以外の何ものでもない作風なのに、40枚とか50枚で一本の短篇を書いちゃうんですよ。なぜそれができるかっていうと、登場人物の人数がめちゃくちゃ少ない。この人まで殺されちゃうんだったら、もう犯人はどこにもいないんじゃないか? ってくらい少ない。
K 長岡さんもそうでした。Dさん、最初すごい驚いていましたよね。「裏庭のない交番」では登場人物が数人しかいないのに、一人が死んじゃって。
D それなのに、全然先が読めないんですよ。
K 本当にお上手。
石井 大変、高度な技術です。
「交番相談員 百目鬼巴」シーズン2も決定!
K 今回のお話を聞いていて、『警視庁科学捜査官』を今すぐ読まなくては、という気持ちになりました。
石井 絶賛しているのは長岡さんだけじゃないんですよ。黒川博行さんがお書きになった警察小説の参考文献にもこの本が続けて挙がっていたので、感想を聞いてみたら、「一級品や、あれは」と。ノンフィクションの本としては珍しく、文春文庫としても刊行されていますのでぜひ。
K 絶対に買います。
石井 著者の服藤恵三さんには、「オール讀物」で「科学捜査官の目」というコラムも執筆していただいているので、あわせて読んでいただきたいですね。
そして、「百目鬼巴」ものは第2シーズンも始まることになりました。「オール讀物」2025年7・8月号からスタートします。
D すごく楽しみです。
K 謎に包まれていた百目鬼巴の過去も、少し分かるかもしれません。
石井 警察ミステリーの面白いエッセンスが濃密に詰まった作品ですので、ぜひ本も、「オール讀物」の連載も、楽しんでいただけたらと思います。今日はありがとうございました!
※編集部注・この座談会のあと、無事『交番相談員 百目鬼巴』の重版が決定しました!

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