2014.11.18 書評

迫力と臨場感をもって「死ぬべきいのち」の急所を描いた

文: 郷原 宏 (文芸評論家)

『死命』 (薬丸岳 著)

 野菜や果物に旬があるように、作家にも旬があります。旬とはもちろん、読んでいちばんおもしろい時季のことです。その時季は人によってまちまちですが、おおむねデビューから数年後、作品数では四、五作目から始まることが多いようです。

 旬の作家の作品は、形式とジャンルを問わず、何を読んでもおもしろい。文章に脂が乗っているので、プロットやストーリーに多少の難点があっても、その場の勢いで読ませてしまう。読んだあとで、その疵さえも個性のように感じさせてしまう。それがすなわち旬の作家の特長です。

 旬はどの作家にも公平に訪れるわけではありません。才能と幸運に恵まれた少数の、ごく少数の作家だけを、詩神ミューズの恩寵の如く不意に訪れるのです。また、すべての季節がそうであるように、いつまでもそこに留まっているわけではありません。その時季が十年つづけば一流作家、二十年つづけば大作家、三十年以上つづけば国民作家だといっていいでしょう。

 本書の読者ならよくご存知のように、薬丸岳氏はいま、旬の盛りの作家です。二〇〇五年に『天使のナイフ』で第五十一回江戸川乱歩賞を受賞してデビューした当時から、この人の小説のうまさには定評がありましたが、二〇一一年の『ハードラック』『刑事のまなざし』のころから、その語り口に磨きがかかり、あっという間に一流作家の仲間入りをしました。いったん読み始めたら途中で読みさすことを許さない作家、ページをめくる読者の指を片時も休ませない作家(とその作品)をページターナーといいますが、薬丸氏はいま、日本ミステリー界屈指のページターナーだといっていいと思います。

 この作家のページターニングの秘密は、どうやらその前歴のなかに隠されているようです。『野性時代』二〇〇九年九月号に掲載された著者インタビューによれば、薬丸氏は少年時代から映画に熱中して名画座に通いつめるうちに、自分も映画の作り手の側に立ちたいと思うようになりました。金子正次氏が自分で脚本を書いて主演した『竜二』を見て俳優を志願し、東京キッドブラザースの入団試験を受けて合格しましたが、ミュージカルは肌に合わなかったらしく、半年ほどで退団しています。

 その後はバーテンダーなどをしながら日本脚本家連盟ライターズスクールでシナリオを学びました。しかし、脚本家としては芽が出なかったので、今度は漫画の原作者を志し、『MANGA オールマン』の佳作に入選したこともありましたが、結局、この道にも行き詰まりを感じるようになりました。

 そんなときに出会ったのが、第四十七回(二〇〇一年)乱歩賞を受賞した高野和明氏の『13階段』でした。死刑を扱ったこの作品に衝撃を受けた薬丸氏は、今度は作家を目指して小説を書き始めます。そして四年後、三十六歳の年に少年法を扱った『天使のナイフ』で乱歩賞を受賞し、念願の作家デビューを果たします。

 薬丸氏のこの作家前史は、私たちに赤川次郎氏や西村京太郎氏を思い出させます。赤川氏は幼年時代に映画館を遊び場にして育ち、小中学生時代は漫画に熱中しました。そして作家としてデビューする直前の一九七五年には、テレビドラマ「非情のライセンス」シリーズのシナリオ募集に入選し、『兇悪の花道』と題して放映されています。

 西村氏は作家をめざして人事院を退職した一九六〇年当時、毎日午前中は上野の図書館で懸賞応募小説を書き、午後は上野や浅草の映画館をハシゴしていました。敗戦直後にはフランス映画に熱中して新宿の映画館に通いつめたこともあったそうです。

 赤川氏と西村氏の衰えを知らぬ人気の秘密、疲れを知らぬ量産の秘密は、両氏のこの作家前史に、特に映画体験にあるといっていいように思います。赤川作品の軽妙な会話やテンポのよさ、西村作品の舞台設定や場面転換のあざやかさは、外国映画の影響を抜きにしては語れません。両氏の作品がテレビドラマでも人気を集めているのは、ミステリー自体としてのおもしろさもさることながら、その映画的な語り口によるところが大きいと思われます。

 この両氏と薬丸氏とでは作風に大きな違いがありますが、映画的な語り口という点では共通しています。テレビドラマ化された『悪党』(フジテレビ系、二〇一二年)や『刑事のまなざし』(TBS系、二〇一三年)を見てもわかるように、原作をほぼそのままドラマ化しても(私のような活字人間でさえ)小説作品と変わらぬ感動と興奮を与えられるという得がたい特長があります。逆のいい方をすれば、そのテンポのいい語り口や場面転換のあざやかさが活字読者をも惹きつけてやまないのです。

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死命
薬丸岳・著

定価:本体710円+税 発売日:2014年11月07日

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