主演にベテラン実力派俳優・吉田鋼太郎さんを迎え、初映像化される『死命』。 郷原 宏さんの文庫解説を再掲します。
※文庫刊行時(2014年)の記事です。
野菜や果物に旬があるように、作家にも旬があります。旬とはもちろん、読んでいちばんおもしろい時季のことです。その時季は人によってまちまちですが、おおむねデビューから数年後、作品数では四、五作目から始まることが多いようです。
旬の作家の作品は、形式とジャンルを問わず、何を読んでもおもしろい。文章に脂が乗っているので、プロットやストーリーに多少の難点があっても、その場の勢いで読ませてしまう。読んだあとで、その疵さえも個性のように感じさせてしまう。それがすなわち旬の作家の特長です。
旬はどの作家にも公平に訪れるわけではありません。才能と幸運に恵まれた少数の、ごく少数の作家だけを、詩神ミューズの恩寵の如く不意に訪れるのです。また、すべての季節がそうであるように、いつまでもそこに留まっているわけではありません。その時季が十年つづけば一流作家、二十年つづけば大作家、三十年以上つづけば国民作家だといっていいでしょう。
本書の読者ならよくご存知のように、薬丸岳氏はいま、旬の盛りの作家です。二〇〇五年に『天使のナイフ』で第五十一回江戸川乱歩賞を受賞してデビューした当時から、この人の小説のうまさには定評がありましたが、二〇一一年の『ハードラック』『刑事のまなざし』のころから、その語り口に磨きがかかり、あっという間に一流作家の仲間入りをしました。いったん読み始めたら途中で読みさすことを許さない作家、ページをめくる読者の指を片時も休ませない作家(とその作品)をページターナーといいますが、薬丸氏はいま、日本ミステリー界屈指のページターナーだといっていいと思います。
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