- 2015.03.24
- 書評
ガリレオ最新刊は2冊分のボリューム──シリーズの変遷が垣間見える短篇集
文:千街 晶之 (ミステリ評論家)
『虚像の道化師』 (東野圭吾 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
まず第一章「幻惑す まどわす」は、自分が送った念によって教団幹部を死なせてしまったと主張する教祖と湯川の対決――という華々しい設定の作品であり、これぞガリレオ・シリーズ、という印象である。怪音現象を描く第三章「心聴る きこえる」も、このシリーズらしく湯川の科学知識が謎解きに生かされた秀作だ。
一方で本書には、湯川の関心が作中の犯罪以外の方面に向けられた作品もある。例えば第五章「念波る おくる」は、双子のテレパシー能力という現象が扱われているものの、シリーズのフォーマットを前提とした上で一捻りしたような使い方がされている。また第二章「透視す みとおす」では、その透視能力によって湯川を驚かせたホステスが殺人事件の被害者となるが、ここでは事件そのものより、彼女の透視のトリック解明に重点が置かれている。
この傾向が極まったのが第四章「曲球る まがる」だ。ここでは殺人事件も起こるものの、その真相自体がさほど重要ではない点は「透視す みとおす」以上であり、被害者の夫であるスランプ気味のプロ野球選手の心を救済することが湯川の役割となっている。かつては興味を引くような謎が解ければ事件への関心を失う人物として描かれていた湯川が、人間という謎多き存在へ関心を向けるようになったことが窺える。
別荘で見つかった二つの死体の謎に挑む第六章「偽装う よそおう」も、そんな湯川の変化が窺える作品だ。この事件は、湯川の知識があればこそ早期に解決されたとはいえ、作中で彼も述べているように、日本の警察の能力をもってすればいずれは解決した筈だ。しかし、ここでは事件に関わった人物への湯川のアフターケアがしみじみとした余韻を残しており、長篇『真夏の方程式』に近い味わいがある。そして最後の第七章「演技る えんじる」は、何故そのようなトリックが使われたかというホワイダニットの要素が重視されている点で、印象はシリーズ中でも『容疑者Xの献身』『聖女の救済』の二長篇に近い。
ガリレオ・シリーズのさまざまな魅力、そしてシリーズそのものの変遷さえも楽しめる一冊と言えるわけだが、ここで気になるのは、単行本『禁断の魔術』の最後に収録されていた「猛射つ うつ」はどうなったのか、という問題である。実はこの作品は『禁断の魔術』のタイトルで、文庫オリジナル・ヴァージョンの長篇化が決まっている。改稿によって、より充実した出来映えになることを期待したい。
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