- 2016.01.25
- 書評
お帰りなさい、恐怖の帝王――スティーヴン・キング流ホラー、ここに再臨
文:東 雅夫 (文芸評論家)
『悪霊の島』 (スティーヴン・キング 著/白石朗 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
もうひとつ、こちらは白石氏の言及をそのまま引用しておこう。
主人公エドガーは、デュマ・キーで住むことになるピンク色の壁をもつ豪華な貸し別荘を〈ビッグ・ピンク〉と名づけます。ボブ・ディランのファンならば、ディランが一九六六年のバイク事故ののちに隠棲していたウッドストック近郊の借家を連想することでしょう。ディランは事故後の療養中に、その地下室でかねてからのバンド仲間とセッションをくりかえしていた……というエピソードを考えあわせるなら、これは偶然とはいいきれないネーミングだと思えます。
さらに、もうひとつ。
本書の“悪霊”が〈深紅の王(クリムゾン・キング)〉を連想させずにはおかないフードのついた赤いローブをまとっていることを重ねあわせると、キング畢生(ひっせい)のライフワーク(引用者註〈ダーク・タワー〉シリーズを指す)に遠く関連する作品だと思いたくなるところです。また本書には、ギリシア神話の“こだま”がききとれもします。そればかりか、主人公の次女が住んでいるロードアイランド州プロヴィデンスは、アメリカ屈指の怪奇小説作家の生地(にして臨終の地)ですし、この作家が創りあげた壮大な神話大系を思わせる言及も、ファンには見のがせないところかもしれません。
白石氏が指摘している「ギリシア神話の“こだま”」を体現するのは「ペルセポネー」――冥界の王ハーデースの后となった女神だが、その英語表記は、iPhoneならぬPersephoneであった。『悪霊の島』において、固定電話と留守録機能、携帯電話、無線機、メール等々が、謎とサスペンスを盛り上げる重要な小道具として随処に活用されていることと、なにやら文明の利器を連想させる女神様のネーミングとの間に、何らかの関係はあるのだろうか!?(これも余談だが、インターネットの動画サイトで、Persephone Numbers Stationと呼ばれる無気味な謎の映像が広まったのは、奇(く)しくも本書の刊行に先立つ二〇〇七年の暮れ頃からとされている)
白石氏の尻馬に乗って、最後にもうひとつだけ付言しておこう。
キングの息子ジョー・ヒルが原作を担当したグラフィックノベル『ロック&キー』(作画はガブリエル・ロドリゲス)は、先ごろ日本でも邦訳第一巻(訳者はこれまた白石氏)が飛鳥新社から刊行され、ホラー・ファンの間で熱い話題を呼んでいるようだ。
その名も「ラヴクラフト島」を舞台とする同作もまた、ニューイングランド沖合の孤島で繰りひろげられる「家族」の物語であり、しかも作中に妖しく跳梁する魔物は、地の底に封じられているのである。
「デュマ・キー」(二〇〇八)と「ロック&キー」(二〇〇八~一三)――キング父子の稚気愛すべき仕掛けに、惜しみない拍手を贈りたいと思う。
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