以上、絶品のカツカレーの、カツについての一言、二言でした。
せっかくなので、カレーについても、最後にちょっとだけ言わせてください。
さきに僕は、「丸かじり」の主役は誰なのかと問うた。もしかしたら、その答えは、各編に登場する料理や食材や店――「食」そのものなのかもしれない。
ある種のスターシステムと呼べばいいか、「東海林さだお一座」所属の、華麗にして雑多な「食」の名優たちが、毎週の締切が来るたびに舞台へと呼び出されるのだ。
大御所もいれば新進気鋭もいる。季節ごとにハマる役者(夏になれば「冷やし」ネタ、冬になれば「鍋もの」ネタが出るのですよ、この大河連載は)がいる一方で、「困ったときの○○」という重宝な役者(コンビニに出かけ、話題の店へと出かけ、外出すらままならなければ缶詰である)もいる。貴種流離譚というか、高貴な食べものが身をやつし、という展開に欠かせないのが、カニにマツタケにフグにフォアグラ。それに対して、成り上がっていく物語が似合うのは、モヤシにナルトにゴボウにサトイモ……。
本作『アンパンの丸かじり』も、古くからの愛読者、「東海林さだお一座」のファンにとっては、うれしいかぎりの顔見世興行である。
冒頭のカニ缶――そう、「カニ缶は高級だから、いつ食べればいいのかわからない」というのは、シリーズ第十五作の『タケノコの丸かじり』(単行本版は一九九八年刊行)で「カニ缶はいつ開けるか」と問うて以来の大命題なのである。
半ばのアンパン――シリーズ第十作『ブタの丸かじり』(単行本版は一九九五年刊行)には、アンパンの根源的な弱点がこんなふうに示されている。
〈アンパンは、はっきり“アンパンの味”がしてくるまでに時間がかかる。(略)アンコがパンにもぐりこんだのは誤りであった〉
ところが、本作では、駅のスタンドで買ったばかりのアンパンをギューッと握りしめて小さく固めて口に放り込んだ熟年サラリーマンの姿を活写し、自らもそれを真似て、食して、いわく。
〈いきなり歯がアンコに当たる。/そうなんです、パンの部分がペシャンコになって、パンはアンコを覆う薄皮になっている。/これがおいしい。とびっきりおいしい〉
本作の単行本版は二〇一二年刊行。ということは、東海林さんが綴る〈これがおいしい。とびっきりおいしい〉には、『ブタの丸かじり』から十七年もの歳月の元手がかかっているわけなのである。
どうです? なんだか、だんだんスゴいことになってるでしょう?
おまけに、これ、決してマンネリではないのだ。同じ「食」を扱っても、世相や流行や東海林さんご自身の年齢によって、その切り取り方、描き方はさまざまに変わる。だからこそ、読者はいささかも飽きることなく、新刊を心待ちにしているのだ。
その意味で、僕は、本作にこそ登場していないものの、すでに数回の主役を与えられている恵方巻きの今後の「伸び」に注目したいと思っているし、本作で東海林さんが巨大なタケノコを茹でてザクザクと召し上がったときには、「よかった、まだあのひとの歯はだいじょうぶだ……」とひそかに安堵もしていたのである。
というわけで、そろそろヤボな口上はやめておきます。
カツカレーの正しい食べ方――。
「丸かじり」の正しい読み方――。
そんなの簡単、カツカレーはお代わりすればいいし、「丸かじり」は何度でも読めばいい。足りなくなったら、シリーズ既刊、たくさんあります。僕も今回の仕事のために、あらためて、たくさん読みました。自分の仕事がちっとも手につきませんでした。
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