書評

本書を読んで教養を高め、尊敬を勝ち取ろう

文: 野口 悠紀雄 (一橋大学名誉教授)

『名画の謎 旧約・新約聖書篇』 (中野京子 著)

おめえ、ヘソあるじゃねぇか

 本書の冒頭でヘソ論争が紹介される。バチカンのシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの「天地創造」に描かれたアダムに、ヘソがあるべきか否かという問題だ。アダムは母親から生まれたのではないから、ヘソはないはずである。そのとおりだが、いままで考えたこともなかった奇抜な問題だ(実は「ある」:おめえ、ヘソあるじゃねぇか)。

 本書によると、これは、未だに決着がついていない神学上の大問題だそうだ。ヘソ存在派の主張の根拠は、「神は自らに似せて人間を作った」という聖書の記述だろう。そうだとすると、母親から生まれたのでない神にヘソがなければならない。これは、「人間が自らの姿に似せて神を作った」ことの証拠になってしまうのではあるまいか? そうなると、コトは重大である。それを否定するには、(聖書にはそう書いてないが)「はじめにヘソありき」と主張しなければならなくなる。何と深遠な問題!

 十字架上のイエスの絵ならいくらでもあるが、「十字架からイエスが見た(はずの)光景」を描いた絵があるので、びっくり。イエスを見上げる人々が詳細に描かれている。聖母マリア、マグダラのマリア、福音書の記者ヨハネ(ずいぶん若い)等々。この絵を見たら、誰でもヨハネ伝福音書を読み直したくなる。こんな構図を考えついた画家にも驚くが、それを見つけてきた著者の博識にも驚く。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは、マリアの処女懐胎を信じていなかったそうだ。受胎告知の絵に、その証拠が隠されているという。

 ニーアル・ファーガソンは、『マネーの進化史』の中で、「ラーマ家の東方三博士の礼拝」を、「メディチ家の礼拝だ」とし、数代前までケチなギャングと選ぶところのなかったメディチ家の人々が、神と同列になった次第を説明している。本書の表現は、「有名人との記念撮影」。

【次ページ】納得、マグダラのマリアの謎

名画の謎 旧約・新約聖書篇
中野京子・著

定価:本体830円+税 発売日:2016年03月10日

詳しい内容はこちら



こちらもおすすめ
書評気取らない「中野節」が奏でる 笑えて泣ける、聖書のドラマ(2012.12.20)
書評比べることで何が見える?(2015.08.12)
インタビューほか芸術は“対決”だ!(2015.07.31)
書評ギリシャ神話の絵画を見る快感(2015.07.15)
書評謎が解けたら、絵画は最高のエンターテインメントになる(2011.03.20)
インタビューほか歴史を語る絵画(2014.01.16)
書評「純粋な見方」では見えないもの(2009.07.20)
書評ケンカの達人にケンカを挑む――キリスト教と動物行動学、どっちが役立つ?!(2016.03.20)
書評神と悪魔は同一人物? 佐藤優さんと共に読んだ聖書の物語(2016.02.19)