
教養が高まれば、フラストレーションも高まる
著者は、本書の冒頭で、「かつて、旧『訳』聖書、新『訳』聖書と思い込んでいた」と告白している。それを読んで嬉しくなったので、私も告白すると、ミケランジェロの「最後の審判」で、イエスの右(向かって左)が善人で、左が悪人であることを知らなかった(「問題のある人物が左下にいる」とは感じていたが)。ヨーロッパの言葉で、右が「正しい」と言う意味になるのはなぜかと、漠然とは考えていたが、本書によれば、右利きが多いからだそうである。
このように、そして以下のように、聖書以外のことについても、知識を深めてくれる。
プラド美術館にボスの名作が多いのはなぜか?(答えは「大罪は七つだけ?」に)
当時の絵は、瞬間を切り取るのではなく、複数の時間を一緒に描き込んでいる(「裏切り者の接吻」)。システィーナ礼拝堂の「最後の審判」は、カトリック教会の強い危機意識を背景として制作された(「裁きの日が来たら」)。
ユダヤ人はなぜ嫌われるのか? ユダが密告したからでも、高利貸をやっていたからでもない。ユダヤ人がイエスを救世主と認めず、救世主はまだ降臨していないと主張しているから(「イエスは見た」)。
私は、フィレンツェのウフィツィ美術館には何度も行ったことがあるが、「春」と「ヴィーナスの誕生」とレオナルドの「受胎告知」に気を奪われていた。その後、(ホンの少しだけですが)教養が高まって、幾多の名画の前を素通りしたことを知り、いまに至るまで地団太を踏んでいる。知識がないとは、げに情けないものだ。徒然草に、「石清水にお参りに出かけたが、山に登らずに帰ってきてしまった」というバカ坊主の話があるが、それと同じである。兼好法師は、「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」と言っている。
本書を読めば、教養が高まる結果、「なぜヨーロッパ旅行に行く前に本書を読まなかったのだろう」と後悔し、フラストレーションが高まるだろう。
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