今でも時折あの頃のことを思い出します。
大学を卒業して勤めた会社は、東京・丸の内に本社を置く、いわゆる一流企業。本社の営業部に勤務していた私は忙しい日々を送りながらも、銀座界隈でランチやショッピングを楽しんだりと、傍目には華やかな生活を送っているように映ったと思います。
一方で、満員電車に揺られて朝から晩まで働く毎日。失敗の許されない、緊張感で張りつめた日々に、少しずつ少しずつすり減っていたのでしょう。自分自身の力不足に悔しい思いをすることも多く、どこかでリセットしたいという気持ちが強くなり、退職と留学を決意して上司へと伝えました。
そんな頃に出逢ったのが、本書でした。
関東で育ってきた私には、見たことも聞いたこともない多様な作物たち。それらを守り、未来へ繋いでいこうと、奮闘している男たち。こんなに真剣に自分自身と向き合い、精一杯生きている人々がいるなんて。
働くこと、もっと言ってしまえば生きることの意義を見つめ直したいと思っていた私にとって、それはとても衝撃的でした。
二〇一〇年十二月、かくして私は冬の庄内へと降り立ちます。
真冬でも太陽が顔を出し、カラッと晴れ渡る湘南、つまるところ庄内とは正反対の場所で育った私にとって、雪のある暮らしは生まれて初めて。幾日も続くどんよりとした鉛色の世界、「庄内の雪は下から降る」と言われるほどの凄まじい地吹雪に打ちひしがれながらも、なんとか心折れることなく冬を越します。
そして迎えた春。雪解けを待って一斉に芽吹き出す草木とともに、私は新しい世界へと飛び出していきました。
時はちょうど、奥田政行シェフや江頭宏昌先生らの地道な働きかけが実を結び、鶴岡市がユネスコの創造都市ネットワーク・食文化部門への登録に動き出した頃。市が発行した郷土料理本『つるおか おうち御膳』が地元書店でヒットするなど、一般市民の間でも庄内の食材への関心が高まりつつありました。
こうした流れを飛躍させようと、山形大学農学部では在来作物を学ぶ「おしゃべりな畑」という連続講座を開講。タイミング良く本講座を受講できたことで、庄内の在来作物に関する知識を体系的に学び、いまや全国的に有名なだだちゃ豆などの在来種の栽培を体験することができました。
特に、夏真っ盛りの炎天下で行った、焼き畑の実習。もうもうと立ち上る煙にまかれ、ろくに瞬きもできず、靴底が溶けてしまうのではと心配しながら懸命に作業にあたった数時間は、とても貴重な経験となりました。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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