書評

空襲警報下で「源氏物語」を読む。意外でリアルな戦時下の暮らし

文: 梯 久美子 (ノンフィクション作家)

『吉沢久子、27歳の空襲日記』 (吉沢久子 著)

 真剣に待避しようとしない自分について、当時の吉沢氏は日記の中で「今の私は自分の生死について無責任になっているように思う。何としても守らなければというものをもっていないことなのか」と自問している。長く続く非常時は、人間の精神を虚無的にしてしまうことが、実感のこもった平易な文章から伝わってくる。

 このあと、警報がまだ解除にならないうちに、吉沢氏は椅子を持ち出して「源氏物語」を読みはじめる。空を見上げれば、晴れた空に敵機が飛んでいる状況で、「平安の都のみやびを思いながら」、読みかけだった源氏の続きを読むのである。

 空襲警報下で「源氏物語」を読んでいた話を、実を言うと私は、吉沢氏本人から聞いている。戦時中の話を聞かせてもらうため、杉並にあるご自宅を訪ねたのは、二〇〇九(平成二十一)年秋、氏が九十一歳のときである。長時間にわたるインタビューに応じてもらったのだが、とりわけ印象的だったのが、源氏のことだった。

 そのとき聞いたのは、昼間でなく夜間の空襲警報の話である。夜間に警報が出ると、眠るわけにはいかない。解除されるまでは、いつでも防空壕に待避できるよう、起きていなければならなかった。そんなとき、吉沢氏は本を読んだ。中でもよく読んだのが、谷崎潤一郎による現代語訳の「源氏物語」だったという。なぜ源氏だったのかと訊くと、「いま自分が置かれている状況とまったく違う世界に触れたかったんでしょうね」という答えが返ってきた。世の中が殺伐としていたから、美しいものに飢えていたのではないか、と。

 本書に収録された日記にも、夜間の警報解除を待ちながら源氏を読んだ話が出てくるが、取材のときに私が驚いたのは、鉄兜をかぶり、絹の寝巻きを着て読んでいたと吉沢氏が言ったことだ。

 鉄兜は配給の品で、戦争末期にはかぶったままで寝床に入っていたのだという。絹の寝巻きというのは、布が不足していて寝巻きに適した布地が手に入らず、仕方なく以前から仕舞ってあった絹の布地で作ったものだった。いつ爆弾が落ちてきて焼け死ぬかわからない中、絹の寝巻きに鉄兜で、源氏物語を読んでいる二十代の独身女性。その姿を想像すると、何ともいえず奇妙な気分になる。

 戦争で多くのものが失われた中、戦前の豊かさが部分的に残っている。そのアンバランスさ。戦争がもたらした、滑稽で悲しい都市生活者の姿である。日記のところどころに顔を出す、バランスを失った暮らしの姿から、私たちの知らない戦争のリアルが垣間見える。

 歴史とは個々の人間の経験の集積である。世界や国家のターニングポイントとなった大きな出来事を追っていくだけでは、歴史を知ったことにならない。それらは歴史の骨格ともいうべきものであるが、そこに血肉を通わせるのは、市民ひとりひとりが何を考え、どう生きて死んだかの記憶であり記録である。

 戦時下を懸命に生きていたとき、吉沢氏は若くて無名の、普通の事務員の女性だった。その記録が、こんなにも胸を打つのはなぜだろう。七十年の歳月をへだてて、姉妹か友人のように親しく、愛おしく思えるのはなぜだろう。本書からはさまざまな教訓を読みとることができるが、読み終えて浮かび上がってくるのは、何よりもまず、真摯に生きたひとりの女性の姿である。困難な時代にあっても、生活の細部を見つめる目を失わず、日々の暮らしを丁寧に紡いでいけば、そこから思索を深め、よりよい明日を作っていくことができる。そのことを、二十七歳の吉沢氏が、時の向こうから、静かな声で語りかけてくれる。

吉沢久子、27歳の空襲日記
吉沢久子・著

定価:本体670円+税 発売日:2015年06月10日

詳しい内容はこちら


 こちらもおすすめ
書評大義とは何か――遺書でたどる昭和史決定版(2009.09.20)
書評惜しい! こんな女性を死なせて(2009.07.20)
書評歴史の残り香(2013.07.19)
書評芥川賞のあとに、印刷所は空襲で焼かれ(2008.07.20)
書評一兵卒として戦争にかり出された人々の思い(2014.09.14)
インタビューほか「自伝的三部作」を書き終えて(2011.10.12)