料理研究家の草分けである辰巳浜子さんが著し、昭和の家庭で読み継がれてきた料理書に、娘である辰巳芳子さんが注釈をつけた新版の新書判が登場しました。お正月の中心的な食材であるお餅の扱い方を、あらためて学びませんか。
雑煮
日本各地には、それぞれお郷里(くに)ぶり豊かな、ご自慢のお雑煮があって、だしの取り方、清汁(すましじる)、味噌仕立、小豆あん、丸もち、切り餅、その他取り合せる材料も地方色豊かで、ところ変れば、品変るのたとえの通りです。土地柄、歴史、風俗、伝説によって、その家に伝わる作り方、食べ方、そして味があるのです。
その一例になりましょうか。私の家のお雑煮は、お餅と、芹と、鰹節だけのまことにさっぱりしたもので三が日を祝うならわしです。これは先祖が戦国時代にはげしい戦いの中で正月を迎えた折、つきたての餅に田の畔の芹を青味にし、けずった鰹節をかけ、湯をそそぎ、醤油をおとした雑煮で元旦を祝い、その年の勝ち戦で目出たく加賀の国入りをしたその時のよろこびを記念したものとして伝えられているとか。戦陣でない平和な今のわが家では昆布と鰹で最上級のだしをとって雑煮作りをいたします。
新年を迎えて始めて口に入れる糧ですから、祈りをこめて慎重に作らざるを得ません。私の一年の台所仕事の事始めでもあるので、細心の注意をかたむけて今年こそと、一生けんめいに作ります。
昆布を敷いた湯の中で切り餅をゆで、お椀に盛り、自慢のだしを張り、芹のこまごまと花かつおをかけます。主人は「この雑煮には武士の味がする」などと申して、孫たちに祖先の話をきかせることがならわしのようになっております。
*我が家の雑煮は五百年の歴史がある。ゆで餅を用い、餅の他には芹のみじん切りと鰹節のみ。簡素であるがゆえに美味である。一番だしが頼りの雑煮である。(辰巳芳子)
イラスト◎前田典子
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