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〈英雄たち〉の帰還

〈英雄たち〉の帰還

文:佐々木 敦 (批評家)

『キャプテンサンダーボルト』(阿部和重 伊坂幸太郎 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 先に「阿部+伊坂」でなく「阿部×伊坂」だと書いたが、それは小説のジャンル性についても言える。ここにあるのは「純文学」+「ミステリ(エンタメ)」ではなく「純文学」×「ミステリ(エンタメ)」である。そもそも阿部和重は「純文学」の中心にありながら旧態依然たる「文学性」への疑義をデビュー以来はっきりと身に纏ってきた作家であり、彼の小説群は「ノワール小説」「ダーク・ファンタジー」「ポリティカル・フィクション」「ホラー」等々、さまざまなジャンル小説の変形ヴァージョンとして読むことが出来る。また伊坂幸太郎は、初期には村上春樹との文体の類似が指摘されもしたが(本人はそのつもりは特になかったと言っているが)、それだけでなく、とりわけ「悪」や「正義」といったテーマの扱いにおいて、単純明快なカタルシスには収斂しない姿勢において、「文学」か「ミステリ」か、などといった不毛な二項対立をはなから越えた、日本文学の豊かな系譜のうちに位置付けられる作家だと言っていい。

 本作のどこを阿部が、どこを伊坂が書いたのかを問うことが意味をなさないように、本作のどこが「文学」でどこが「エンタメ」なのかを腑分けすることもナンセンスでしかない。これは多種多様なジャンルが渾然一体となった突然変異的なキメラ小説なのであり、その意味ではむしろ二人はまったく新しい小説ジャンルを創始したとさえ言ってもよいかもしれない。結果として本作は、阿部和重のどの作品とも、伊坂幸太郎のどの小説とも、また異なる魅力を獲得している。いわばこれは「阿部和重」でも「伊坂幸太郎」でもない、第三の、名前を持たない新人作家のデビュー作でもあるのである。

 ところで、本作を読む悦びは、七転八倒するストーリーや独創的な見せ場の連続、生き生きとしたキャラクター描写のみにあるわけではない。阿部と伊坂がこの小説を心から楽しんで書いたことは、なにげない細部に目をやることでむしろくっきりと見えてくる。ちょっとした台詞や些細なエピソード、人物や事柄のネーミングにも、さまざまな隠された意味が込められている。その最たるものは物語の展開上、重要な役割を果たす「村上病」だろう。単行本刊行時のインタビューで著者二人も語っていたように、この「村上」はもちろん「村上春樹」を暗に指している。村上春樹の病い? 「村上病は、あるけど、ない」。このあからさまな暗喩を通して読み直してみるならば、本作は表層的な筋立てとはまったく異なる様相を露わにすることになるだろう。

 村上春樹だけではない。B29の副操縦士の名前は「オーエン・K・ムース」。これが「大江健三郎」のもじりだと気づいたときには思わず爆笑したものである。大江への目配せは他にもあるので各自探してみて欲しい。ちなみにやはりB29のパイロットであるアンソニー・D・レイノルドとは、阿部と伊坂が敬愛する映画監督トニー・スコット(本名アンソニー・デヴィッド・スコット)へのオマージュ(?)である。他にも、筒井憲政に島田統括官というネーミングは深読みするまでもなく、そのキャラ造型も含め筒井康隆と島田雅彦がモデル(?)であることは疑いを容れない。更に言えば、主人公二人の名前である相葉と井ノ原は、どう考えてもジャニーズの相葉雅紀(嵐)と井ノ原快彦(V6)だと思ったのだが(そういえば田中徹=田中聖(KAT-TUN)も出てくるし)、著者二人に訊ねてみたところ、それは意識してなかったと言われてしまった。まあ、しらばっくれただけかもしれないが。

 本作が「寓話」であるというのは、一通りの意味ではない。名前だけを取っても、文学/小説を中心に、無数の固有名詞の束が織り込まれている。それらはひとつひとつを見れば他愛ないものとも言えるが、一旦気にし始めると、一個の名前を媒介にして、どこまでも想像や妄想が広がっていくように書かれている。それは各々のエピソードの処理や場面描写などにも言えることであり、二読、三読どころか、読み直すたびに新たな意味が顔を出し、本作に装填された寓意は無限とさえ思えてくる。二人の作者が仕込んだネタの全部を察知出来る読者は、この世には存在しないのかもしれない。もちろんそうしなくとも、本作は読者がそれぞれの読み方で対峙出来るようになっているし、何よりもまず、無類に面白い活劇小説であるのだが。

 文庫化にあたって、第10章が大きく書き改められている。アクションシーンの創意工夫がより膨らまされており、更に盛り上がりが増している。また、これが文庫版最大の売りであるが、今回新たに書き下ろされた「前日譚」と「後日譚」がボーナストラックとして収録されている。どちらも掌編だが、ニヤリとさせられる小粋な仕上がりだ。本篇に従って、この二作もどちらが阿部作でどちらが伊坂作かは明記されないそうである。私も知らされていないのだが、自分なりの推理はある。だがもちろん、この二人のこと、裏をかかれている可能性も大なのだが。

『キャプテンサンダーボルト』は、阿部和重と伊坂幸太郎という「二人組」が挑んだ、日本の小説史に残る大胆かつ果敢な一種の「実験」だったのだと思う。おそらくこの実験は一度限りのものであり、そうであるからこそ、すこぶる貴重な試みだったと言ってよい。それは遊び心に満ちたプレイフルな営みであると同時に、極めてシリアスかつハードな試みでもあったのではないか。爆誕から三年を経て、ここにこうして新しい姿で再臨したことを、心から嬉しく思う

文春文庫
キャプテンサンダーボルト 上
阿部和重 伊坂幸太郎

定価:792円(税込)発売日:2017年11月09日

文春文庫
キャプテンサンダーボルト 下
阿部和重 伊坂幸太郎

定価:770円(税込)発売日:2017年11月09日

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