書評

「意地」を貫き通すなかで光を放ち、一層かがやく、周五郎の世界の男たち #3

文: 沢木 耕太郎

『裏の木戸はあいている』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

『裏の木戸はあいている』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

 山本周五郎は、直木賞を辞退するというところから始まった「意地」を最後まで貫いたと言える。

 それが可能だったのは、自分は常に読者と共にあり、自分の本を身銭を切って買ってくれる読者に支えられているという自信と自負があったからだと思われる。

 私が山本周五郎に惹かれるのは、賞の授受におけるそうした対応のひとつひとつではなく、読者という存在に対して信仰にも近い信頼感を抱きつづけたところである。山本周五郎は、終生、読者に支えられていればいいのだという一点から動こうとしなかった。

 もし、そういう言い方が許されるなら、私もまた、山本周五郎と同じく、読者に支えられることで生きてこられたといってよい人生を歩んできた。

 大学卒業後、せっかく入った会社をたった一日で辞めてしまった私は、いくつかの偶然からフリーランスの物書きになった。そのとき、「フリー」であることを望んで自由の世界に一歩足を踏み出した以上、これから、あらゆる組織、集団に属すことはしないと思い決めた。どんなところであっても「禄」を食むことはしないと思い決めたのだ。

 だから、ふたたび企業に入るなどというのはもちろんのこと、大学で教師をしないかという誘いも受けず、政府の委員会や審議会の委員などというものもいっさい引き受けてこなかった。

 単にそういう生き方が心地よかったということもあるが、ほんのちょっぴり本音を吐けば、それが私のささやかな「意地」だったということもあったかもしれない。

 そしてさらに、そのような生き方をしてこられたのは、頭のどこかに、読者を信じて人生を歩みつづけた山本周五郎の姿があったからかもしれないとも思う。私は山本周五郎の作品から常にひとつのメッセージを受け取りつづけてきた。

 手を抜かない、というひとつのことを守りさえすれば、きっと読者は待っていてくれるはずだよ、と……。


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定価:本体870円+税発売日:2018年05月10日