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自問自答の苦難と愉悦

自問自答の苦難と愉悦

文:川﨑昌平 (編集者)

『さよならクリームソーダ』(額賀 澪 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『さよならクリームソーダ』(額賀 澪 著)

 正解が存在する試験なら、ただ勉強に励めばそれで済みますが、芸術は違うのです。もちろんコンクールなどの一種のスクリーニングが社会にある事実は、芸術にも一定の水準で判断される正否があるという意味に解釈できますし、作中でも校内展のシーンに「教授陣に高く評価された作品ばかりが並んでいる」とあることから教授(美大の教授、特に油絵や日本画など、ファインアートと呼ばれる専攻の先生たちはほぼ全員がアーティストです)たちによる良し悪しの診断がある事実を示しています。

 が、それらは作品が設定された正解に近かったから評価されたことを意味しません。作品を通して表現された思考が、既存のものではない、新しいものであると受け止められたという意味なのです。私が学んだ東京藝術大学では「上手だな」とか「うまいね」といった評価は褒め言葉ではありませんでした。それは「技術はあるけど作品はちっともよくない」という感想と同義であり、端的に「つまらない」という意味の批評だったのです。ですから「うまい」の対義語は「おもしろい」になります。講評で教授から「おもしろい」と言われたら、それは提出した表現の中に何らかの新規性があり、かつその新しさを鑑賞者が共有できるかたちに昇華させられた事実を、現役で活躍するアーティストが認めたことになります。在学中、私は片手で数えるほどしか「おもしろい」という評価をもらった経験がありませんが、もらったときの嬉しさは三六歳になった今でも強く覚えています。

文春文庫
さよならクリームソーダ
額賀澪

定価:924円(税込)発売日:2018年06月08日

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