対して、もうひとりの主要登場人物である友親は、若菜さんと比べてしまうとどうしても観察する力は劣るようです。象徴的なセリフは「眩しすぎて目が焼けるよ」(二五三頁)でしょうか。見ることができない、というメッセージは観察の放棄とも読めます。もっとも、友親にも武器はあり、それは体当たりで相手の懐に飛び込む、一種の泥臭さ。決してスムーズではないコミュニケーションの過程で友親は発見し、思考をすることができています。若菜さんのように観察する力が鋭すぎるがゆえに、相手の苦悩を抱え込んでしまう危険性を思うと、友親のような学び方もまた、利があるのかもしれません。
どちらにせよ、本当に優れているのは、作者である額賀澪さんの観察する力です。未読の方の楽しみを奪ってしまうのはマズいでしょうから詳述は避けますが、この『さよならクリームソーダ』に限らず、『完パケ!』(二〇一八年、講談社)や『屋上のウインドノーツ』(二〇一五年、文藝春秋)にも、懸命に自分の道を模索する若者たちの姿が、優しい、でも鋭い氏の観察眼によって誠実に描写されています。
若者は若者である時分には、自身を徹底して観察する作業ができないものです。氏の筆致に、読者である私が私の学生時代を呼び醒まされてしまうのは、とりもなおさず作品に描かれる若者たちが、私が忘れていた観察を経て生み出された人物たちだからに他なりません。今後も氏の描く若者たちの群像劇を読んでみたいと、素直にそう思います。
最後に、ラストシーンについて。自殺を回避した若菜さんと明石先輩、次のステップへと変化できたであろう進藤さんや涼、「ふわふわした適当な動機」(二八六頁)で花房美術大学に入学したと言いつつも何かを掴みかけている友親……全員が全員、スタイルこそ異なれど、自ら問い、自ら解き、自ら答えを手にすることができました。素敵なハッピーエンドだと私は思います……が、実は地獄はここからはじまるのです。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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