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女の、男への。母の、子への。妻の、夫への。様々な「情」が乱反射する周五郎の短編世界#3

女の、男への。母の、子への。妻の、夫への。様々な「情」が乱反射する周五郎の短編世界#3

文:沢木耕太郎

『寒橋(さむさばし)』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『寒橋(さむさばし)』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

「茶摘は八十八夜から始まる」

 これも、山本周五郎がある一時期に多く書いた岡崎藩物の一作であり、当主は水野忠善の孫である水野忠之の代となっている。

 主人公は水野平三郎という名前の若侍だ。父は千石近い禄高の老職だというところからすると、藩主との血縁がある名家なのかもしれない。

 その平三郎は、明朗な酒飲みで金払いもいいため、どんなところでも人気が高い。しかし、あるとき、自分が置かれている状況の危うさに愕然とした平三郎は、父にひとつの頼み事をする。

 岡崎藩には、かつては六万石の藩主だったが、領地を召し上げられ「他家お預け」になった本多政利が暮らしていた。

 前途に絶望した本多政利は、酒を飲むと粗暴になり、相伴役の岡崎藩士の手に負えなくなっていた。平三郎はその相伴役に自ら名乗り出たのだ。

 誰もが扱い切れない「暴君」を、平三郎は御することができるのか。どんな方法で立ち直らせようとするのだろうか。その興味が読者にページを繰らせていく。

 最後は、悲劇で終わる。だが、それは透明な悲劇とでも言うべきもので、ハッピーエンドよりもさらに大きなハッピーエンドを持つに至るのだ。

 

「釣忍」

 この釣忍も私には読めない字だったが「つりしのぶ」と読むらしい。竹などで作った芯にシダ植物のしのぶを巻き付けてさまざまな形にしたもので、涼を呼ぶため軒下に吊るしたりするものだという。言われてみれば見た記憶はあるが、風鈴のように自分の手で吊り下げたことはない。

 主人公の定次郎は、長屋住まいの「ぼて振り」だ。桶に魚を入れて、天秤棒でかつぎながら、売り歩く。恋女房のおはんには、しがない魚屋の息子で、勘当されているため親戚付き合いはいっさいしていないと説明している。ところが、ある日、定次郎の兄だという人が訪ねてきて、その嘘がばれてしまう。実は、定次郎は大店の呉服屋である越後屋の勘当された息子で、事情があって隠れ住んでいるらしい。

文春文庫
山本周五郎名品館Ⅲ
寒橋(さむさばし)
山本周五郎 沢木耕太郎

定価:957円(税込)発売日:2018年06月08日

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