「私の見た感じでは、少なくとも、百年以上は掘られたものです。なるほどドイツで有名なわけです。いくらで買ったんです」
「ああ、えー……何を?」
「この銀山。四鉱区を」
「……二十五万円」
技手は気の毒そうな顔になり、
「売っても、二千円にしかならないでしょう。ペルーの連中はみな知ってます」
「ありがとう」
技手をいったん去らせると、是清はただちに田島を呼んで、かくかくしかじかと述べてから、
「あの報告は、いったい何だったのだ。ほんとうに現地調査したのかね」
田島はすっかり青ざめて、
「いまから行きます」
きびすを返し、駆けだそうとした。是清はその背中をつかんで振り向かせ、
「正直に言え」
「申し訳ありません」
田島は、しがらみを除かれた急流のように突然ことばを奔出させた。
「じつは行ったことがありません。いや、行くことは行ったのですが、まさかこんな大きな話とは思いもよらず、ついつい近くの鉱山学校へ立ち寄ったきりにしてしまいました。その学校にはスペイン語の雑誌が置いてあったので、英語で読んで聞かせてもらって、それを翻訳して……」
「報告書に仕立てて、東京へ送った?」
「申し訳ありません」
「それでいて、独断で契約を交わしたわけだ」
何がまじめな性格だろう。是清はふかぶかとため息をついたが、しかし行動は迅速だった。ヘーレン氏のもとへ行き、
「契約は破棄する。それにともなう補償については、これを契約書に明記したものにかぎり全うする」
と通告し、実際そのとおりにした。ヘーレン氏は驚愕した。彼こそ或る意味、この事件の最大の被害者なのだが、是清は、ぐずぐず良心の呵責など感じているひまはない。東京へかえり、株主たちに説明して、さっさと事業を清算した。
会社はもちろん、大赤字。
投資は一円も回収されず、株主たちは丸損である。それでも彼らが是清をうったえることをしなかったのは、是清自身、ほかの誰より金をつぎこんでいたせいもあったけれども、何よりも、現地での迅速な契約破棄により、後顧の憂いを断ったからだった。まさしく死中の活だった。株主たちは怪我はしたが、後遺症はなかったのである。
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