別冊文藝春秋

『空を拓く』門井慶喜――立ち読み

文: 門井 慶喜

電子版21号

 博士によれば、原石なのに銀の含有率はじつに千分の二百ないし二百八十。これはほとんど純銀のような数字だという。しかもこれを産出したというカラワクラ銀山はもともとドイツの専門雑誌にも載るほど有名というので、是清は勇躍、

「現地へ、技師を派遣しよう」

 技師も、やはり巌谷博士に紹介してもらった。田島晴雄という博士自身の弟子であり、帝国大学理科大学卒業の理学士。まじめな性格だという。

 田島は現地より、はたしてこんな報告をした。

 ――聞きしにまさる良坑です。ことに有望な四つの鉱区に関してはもう購入契約を交わしました。

 こうなると、日本のほうは大さわぎ。

 もはや一部の者の秘密にはできず、またその意味もないので、是清はかたっぱしから実業家、政治家へ声をかけ、出資をつのり、

 日秘鉱業株式会社

 というのを設立した。日秘とは、日本と秘魯という意味である。

 株主は、二十数名あつまった。是清はみずから官職を辞し、いわば株主代表として船にのりこみ、意気揚々と、光にとびこむような思いで横浜埠頭をはなれたのである。是清はこのとき、日本人の鉱山技師や坑夫をたくさん引率した。

 もちろん金でやとったのである。農夫はひとりもいなかった。例のドイツ人実業家ヘーレン氏へは、むしろ是清のほうが、

 ――農地よりも、鉱山をやらんか。

 と誘いをかけた恰好になった。

 船は、サンフランシスコ経由でペルーに着いた。是清はさっそく当の銀山へのぼってみた。

 カラワクラ銀山は、アンデス山脈の一部である。

 標高五千メートル級の高地。ここで開坑式をやり、精錬所建設のための測量をやり、高価な機械を購入し……ひととおり必要なことを終えるや否や、日本人技手たちへ、

「さらに調査せよ」

 と命じてから、リマに下りた。

 高地の空気がこたえたのである。ほどなく技手のひとりが無断で山を下りてきて、

「一大事です」

「何ごとかね」

「内密に申し上げます。坑内は、がらんどうです」

「何」

 是清、さすがに気が遠のいた。技手はつづけた。

「四鉱区ことごとく、底の底まで掘られています。良坑どころか廃坑です。わずかに残っていた原石をためしに欠いて試験したところ、銀の含有率は、いずれも千分の二百などという話ではありません。一.五か、せいぜい二」

「千分の、二」

 絶句した。逆に見るなら、千分の九百九十八までが滓ということ。どんな優秀な精錬機械をもちこんでも、とても採算のとれる数字ではない。

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別冊文藝春秋 電子版21号文藝春秋・編

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