寅夫じいちゃんこと田中寅夫さんは、大正3年、福岡県で生まれた。6人兄弟の長男で、10歳を過ぎる頃から奉公に出された。©山口放送

 気風がよくてハンサムで人懐っこく笑う寅夫じいちゃんは、信念を持って山暮らしを続けていた。働き者のフサコばあちゃんは、そんなじいちゃんにいつもやさしく寄り添った。そして孫ほども歳の離れた僕たちテレビスタッフを、ふたりは温かく受け入れてくれた。

 その山は戦後の貧しい時代に、自分たちの手で切り開いた。一度は都会へ出たものの、還暦を過ぎてからまた不便な山に戻り、夫婦ふたりで生活していたのだ。

 しかし、それにしても……

 取材と放送を重ねるたびに、僕は自問自答を繰り返した。

 

フサコばあちゃんこと田中フサコさんは、大正9年、山口県生まれ。家は地主で、自分で髪を洗わないほどお嬢様育ちだった。©山口放送

 なぜ、通い続けるのだろう――

 なぜ、取材をしながら、熱いものがこみ上げるのだろう――

 なぜ、編集をしながら、涙が止まらないのか――

 なぜ、原稿を書きながら、嗚咽するのか――

 そこに何があるのか――

 

 今も取材を続けるその山を、僕たちは「ふたりの桃源郷」と呼んだ。