書評

キーワードで読み解く「かわせみ」の魅力

文: 島内 景二 (国文学者)

『青い服の女』(平岩弓枝 著)

 優れた時代小説は、読者の願いや憧れを受け入れることで、シリーズ化する。

 継続中の大シリーズに、平岩弓枝の「御宿かわせみ」がある。そして、平成二十八年(二〇一六)には三百話という大きな節目を越えた。昭和四十八年(一九七三)の開始から四十四年目、掲載誌を「オール讀物」に移してからだと三十五年目の到達である。

 この三百話を、描かれている時代に着目すれば、大きく三つに分けられる。第一期は、鎖国期に爛熟した江戸の庶民文化を背景とした「るいと東吾の物語」の前半。第二期が、開国から幕府の瓦解(御一新)へと向かう激動の時代で、「るいと東吾の物語」の後半に当たる。そして第三期が、東吾の不在の中、明治時代の東京で、文明の坂を駆け上ってゆく「るいと東吾の子どもたちの物語」、すなわち「新・御宿かわせみ」である。

「大川」と親しまれ、江戸の人々の四季折々の暮らしを支えた隅田川が、まもなく海へと注ぎ入ろうとする豊海橋(とよみばし)のたもとに、一軒の旅籠があった。それが「御宿かわせみ」であり、るいという女主人が切り盛りしていた。

 平岩弓枝は、江戸時代後期から明治時代までの大きな時代のうねりが、人々の心にどのような波紋を描いたのかを、「かわせみ」という旅籠から定点観測し続けた。その精緻な記録が、「御宿かわせみ」シリーズの三百話である。大川のほとりで、るいの目は多くの人々の喜怒哀楽と生老病死を見つめ続けた。

 これほどまでに「かわせみ」シリーズが読者から愛され、書き継がれた理由は、どこにあるのだろうか。三つそれぞれの時期のキーワードに着目しつつ、このシリーズ全体の魅力と生命力に触れてみたい。

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青い服の女平岩弓枝

定価:本体640円+税発売日:2019年10月09日


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