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夜明けまでの夜

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保坂和志

文學界12月号

出典 : #文學界

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

 ゆうべの子猫たちには助かって生きつづけた並行の時間があり、ペチャたちには助からなくてそこに存在していない並行の時間がある。あるいは最近の私の感じるのは、幕末を生きた勝海舟の談話などを読んで火鉢ひとつで冬に暖をとるような光景がふいにリアルに思い浮かぶと私は幕末やその前にも生まれたがそういう冬の寒さに耐えられず私はそのたび死んでいた、昭和三十一年に生まれてやっと私は成人した、というか乳幼児期を乗り越えられた。

 ドゥルーズがベルクソンの思想について書いた文章の中で、

「過去は、現在としてのそれ自身と共存する。」

 と書いている。

「過去は、在ることをやめたことがないのだから。」

 とも書いている。それを私は、

「過去は現在と並行して在りつづける。」

 と読んだ、それは私が伊豆の修善寺の手前にある伊豆の国市というところのローカルFM局に呼ばれて私は三島で新幹線から伊豆箱根鉄道に乗り換えるところで時間がだいぶあったので三島の駅のまわりを歩いてみようと思った、三嶋大社まで行ってみることにした、その前に新幹線に乗ってるとき私はドゥルーズの文庫本を読んでいて、その文章に出会った。

 三島駅で降りたのは私ははじめてだったがはじめてという気がまったくしなかったのは中学高校の頃私は山梨の親戚に行くのに東海道線の富士駅で身延線に乗り換えた、富士まで私はタダ乗りしてホームの先端から降りて歩いて駅の外に出て富士から身延線の乗車券を買う、昔はそういうことができた、いったん富士駅の外に出て見た向こうの景色を三島駅のロータリーから見た向こうの景色が思い出した、鉄道の海側から駅舎の向こうに富士山と周辺の山が見える。

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
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