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夜明けまでの夜

夜明けまでの夜

保坂和志

文學界12月号

出典 : #文學界

「文學界 12月号」(文藝春秋 編)

 目の前にいまここで温めなければ死んでしまう子猫がいる、友達はまさに手を合わせて包(くる)んで祈るようにして子猫を温めた、子猫は温まって一時はもぞもぞ動いたり薄めたミルクをスポイトから飲んだりした、しかし子猫はまた冷たくなっていった……という子猫がもぞもぞ動くことその動きがなくなること、温かくなったこと温かさがなくなっていくこと、それらは圧倒的だ、ほとんど完全に物質的次元だ。

 命とか魂とか、助けるのはそれだとしてもこういうとき、人は命や魂でなく口や体温や動きにじかに働きかける、冷たいとか温かくなったとか、もぞもぞ動いたとかミルクを飲んだとか、物質の次元に働きかけることしかできない、若い友達は子猫を手で包んだ、そこが獣医だったら獣医は子猫の体温や脈や心臓にもっと直接に、こんな小さくても測定が可能ならバイタルをあらわす数字を見ながら、薬が可能なら薬を使って、体温が下がったら保温器のようなところで温めて、というそれこそもろに物質としての次元で子猫の数字に働きかけただろう。

 子猫は目の前にいる、手のひらの中にいる、すぐここにいても命は目に見えてるわけじゃない、友達は子猫の数字でなく命に働きかけつづけたが友達が見て感じていたのは命でなく動きや体温だ、命は見ることもさわることもできない。

 西暦四世紀半ばから五世紀を生きた聖アウグスティヌスは、神は目や耳などの感覚器官を通じてわかるようなものではないと言った、書き写すとこうだ、

「物体的、非物体的被造物の全体を考察し、可変的なものとして知り、それらのものをあとにして精神の注意深さによって神の不変の実体へと進んでいくこと、――これは大いなることであり、じつに異例のことなのである。」

文學界 12月号

2019年12月号 / 11月7日発売
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