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始皇帝は“暴君”ではなく“名君”だった!? 驚きの政治体制とは

始皇帝は“暴君”ではなく“名君”だった!? 驚きの政治体制とは

文:冨谷 至 (京都大学名誉教授)

『始皇帝 中華帝国の開祖』(安能 務 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『始皇帝 中華帝国の開祖』(安能 務 著)

 趙高の恐るべき企みを聞かされた李斯は、当然のごとくにはねつける。しかしながら、それで引き下がる趙高ではない。『史記』には、趙高と李斯の息詰まる応酬がなおも展開されて、李斯列伝の圧巻となっているが、強い意志をもった李斯も結局は趙高の説得に屈し、陰謀に荷担してしまうことになる。李斯をしてそうさせたのは、焚書坑儒に代表される始皇帝の苛酷な政治、その推進の責任者は李斯であり、扶蘇は李斯のやり方に反対していたいわば政敵だという事情である。扶蘇が皇位についた暁には、李斯の命とて保証の限りではないかもしれない、趙高のこれが殺し文句であった。

 ここに初めの遺言書は握りつぶされ、趙高ら三人による偽の遺言書が作られ、扶蘇のもとに届けられる。偽書の内容は、扶蘇に自殺を命ずるものであり、受け取った扶蘇は、参謀の蒙恬の制止を聞かずに、父の命令ということで命を絶ってしまうのである。かくして、跡継ぎには、趙高・李斯に擁立された胡亥が二世皇帝として即位する。

 以上の話は、『史記』秦始皇本紀、李斯列伝に記され、描写が与える臨場感が読者にことがらの信憑性を強く印象づけるのだが、冷静に考えてみれば、腑に落ちないことが多い。趙高の陰謀は、そもそも極秘裏に進められたもの、三人しか目にせずに握りつぶされたはずの遺言書の内容をどうして百年後の司馬遷が知ることができたのか。さらに趙高と李斯の密室の激論を、どうして生き生きと再現することができたのか。『史記』の記述をそのまま事実として信ずることには、やはり躊躇があると言わねばならない。

文春文庫
始皇帝
中華帝国の開祖
安能務

定価:902円(税込)発売日:2019年11月07日

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