漢は秦を打倒して成立した王朝である。特に秦の法家主義は、漢が採用した儒学とは真っ向から対立する。いや、対立すればこそ、漢は儒学思想を国家のイデオロギーとして取り上げたのである。秦の儒家弾圧、それは焚書坑儒に代表されるのだが、政策の推進者は李斯であり、それにただひとり、敢然と抗したのが扶蘇であった。このふたりの役回りをもとに、漢代に入って、ことさら秦の暴政とそれによる滅亡を誇張する風潮によって、法家思想に反対する側から作られた話が、始皇帝遺書偽造事件であったと考えられないのか。
ならば、ここで改めて『史記』のフィクション性、歴史の真実とは何かを問わねばならないだろう。そして歴史家司馬遷の『史記』編纂の意図も。
歴史家は史書に記された歴史事象を分析することには長けているかもしれないが、歴史上の人物の実像の描写は、やはり想像と筆致に優れた小説家の後塵を拝することは認めねばならない。
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