『八本目の槍』今村翔吾
──文庫書下ろしはもちろん、昨年は『童(わらべ)の神』(角川春樹事務所)が直木賞候補にも選ばれ、大注目されている今村翔吾さん。本作は賤ケ岳の戦いで功を成し、「賤ケ岳(しずがたけ)の七本槍」と称された武将に石田三成(いしだみつなり)を加えた、もともとは豊臣秀吉の子飼いだった八人を描いた歴史小説です。
市川 戦国時代が好きで、特に関ケ原から大坂の陣にかけてがいちばん好きなので、設定が自分にドンピシャでしたね。この時代は作品数も多いので、正直、食傷気味なところもあったんですが、期待値をはるかに上回りました。
帯には「この小説を読み終えたとき、その男、石田三成のことを、あなたは好きになるだろう」と書いてあるんですけど、でもそれは違うんじゃないか……ベクトルは違いますけれど、戦国時代のダメ男の代表みたいに言われていた、福島正則(ふくしままさのり)と片桐且元(かたぎりかつもと)をこんなに格好良く書いている作品は初めてですよ!
昼間 いや、僕はかなり石田三成が好きになりましたね(笑)。ナンバー2の時はよくても、最後はトップに立てないというイメージが覆され、天下統一を果たした後にどういう世の中にするのかまで考えていた三成のことを、読み進めるにつれどんどん好きになりました。女性を活躍させていこうとする現代的テーマも絡めていたり、もし三成が関ケ原で勝利していたら日本はどうなっていたのか、色んな想像が膨らむ気持ちのいい作品でした。
平井 私は戦国の知識の下地がないまま読み始めたので、まず一本槍の時は前に進みませんでした。すごいのは分かるけれど、誰が誰? という状態で(笑)。それが加藤清正(かとうきよまさ)にはじまって少しずつ登場人物の関係性が分かってくると、リーダビリティが高くてどんどん読めた。そして最後の仕掛けに気づいた瞬間、小説の中の石田三成のすごさが本当に分かりましたよね。
キャラクター設定も巧みで、幼少期は非常に仲が良く、長じてから、ある者は女好きで、ある者は本当に天下を獲りたい一心でがむしゃらに戦う。秀吉が天下人になってからは、昔のように心を通わせることができずに孤独だというところなんかは、サラリーマンが出世して本音を言えなくて感じる部分とも通じて、そういうところでも今村さんは読者の心をつかむのがうまい。
昼間 刊行点数が多いので、クオリティを保てるか心配になるんですけど、今村さんは作品ごとに印象が変わるのもすごいですよね。
田口 この作品もいい意味で今村さんらしさが発揮されていて、史実をうまく使いながら、三成という人間のオリジナルストーリーを成立させている。だからこそ読みやすいということもありますが、僕としては、ちょっと創作を入れ込みすぎたような気もしています。
戦国時代の前提として、あれだけの縦の競争世界で生きていかなければいけない武将たちが、子供時代からの横の連携を保ち続けられるものか? 民の安定という理想があったとしてもそれは難しかろうというのが正直なところです。歴史小説は史実があって、そこにない部分を埋めていくのが創作だと思いますが、歴史そのものを創作すると、本質がまったく違ったものになってしまう。その見極めは、小松エメルさんの『歳三の剣』でも感じましたが、非常に肝心なところですよね。
市川 僕も三成に関しては出来すぎだと思わなくはないんですが、歴史小説を読まない層、今だとちょうど「Fate/Grand Order」というスマホゲームアプリばかりをやっているような、歴史に造詣はあるんだけど小説は手に取らないお客さんが、これを読んだら絶対に面白いと言ってくれるはずなんです。
阿久津 登場人物の多視点でひとりの人物を浮かび上がらせるという構造は、小説としては今時、決して珍しくはない。そこに豊臣家存続というミッションを与えたことで生まれたドラマ性、そのストーリーが面白くて、僕は何度も読み返してしまいましたね。三成だけでなくて、今村さんご自身が登場人物を大好きなんで、だからダメ男のことをダメに書けなかったんだと思いますよ。
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