『歳三の剣』小松エメル
──候補作それぞれの魅力や評価をお伺いしていきますが、まずは新選組の鬼の副長・土方歳三(ひじかたとしぞう)を主役にした『歳三の剣』をどのように読まれたでしょうか。
阿久津 小松さんが新選組を題材にするのは無名隊士たちを描いた連作短篇集『夢の燈影』、『総司(そうじ)の夢』(ともに講談社)についで三作目だそうです。今回に関しては、土方のキャラクターが一般に浸透しているイメージとかなり違う。悩んで悩んで悩み通すという部分に新鮮さを感じたというか……新選組にかけたシャレではないですよ(笑)。
平井 新選組というのは、時代小説を普段読まない読者でも知っているので手に取りやすい作品だと思います。自分自身が女性だから余計にそう感じたのかもしれませんが、土方という男性が、尊敬する近藤勇(こんどういさみ)という人物を命懸けで守っていく姿に感動してしまいました。現代でいうなら、上司を陰で支えていく存在をクローズアップしたところが良かったですね。
私は売り場ではコミックも担当していて、新選組を題材にした作品の人気は結構あります。普段コミックしか読まないお客様でも、この作品ならすんなり入ってこられると思うので、今後、機会があればぜひ推薦してみたいです。
昼間 全体を通しておもしろく読めるんですけど、やはりサラリーマン的な見方で読むと、ナンバー2の立ち居振る舞い、美学がいいですよね。組織論としても読める。色んな個性が集まって新選組という集団が出来上がっていったという全体の流れも分かりやすいので、やはり新選組初心者の方にもお勧めですね。
ただ、新選組については先行作品が本当にたくさんあって、これまで読んできた作品を通じて、自分の中でのイメージが出来上がっている方も多いと思います。特に『燃えよ剣』(新潮文庫)を基準にしてしまうと、土方の人物像にギャップがありすぎて駄目だという人もいるかもしれない。
田口 そうですね。新選組は基本的に司馬太郎さんがいて、『燃えよ剣』があって、それを共通認識に変化球を狙っていくというのは分かるんです。たとえば昨年話題になった、京極夏彦(きょうごくなつひこ)さんの『ヒトごろし』(新潮社)では、土方ひとりだけの設定を全然違うものにしたところが面白かった。それがすべての根本を変えてしまうとどうしても……。
市川 歳三の江戸弁のツッコミはいいですし、それで軽やかに読み進められる一方、近藤勇の得体の知れない設定のスケールが、終盤にいくにつれちょっと小さくなったのが勿体ないですね。鳥羽伏見の戦いから、箱館五稜郭(はこだてごりょうかく)まで駆け足で書いてしまっているので、そこにフォーカスを絞ってもよかったかも。
阿久津 小松さんはいずれ別の隊士を主人公にした新選組シリーズの四作目を書くこともあるかもしれませんね。そこでもさらにスケールアップした作品を期待しています。