『熱源』川越宗一
──昨年『天地に燦(さん)たり』で松本清張賞を受賞した、川越さんは本作がデビュー二作目。樺太(からふと)(現サハリン)を舞台に、アイヌ人とポーランド人が視点人物として登場。時代は明治初期から太平洋戦争終結までという長いスパンで描かれます。
平井 もう圧倒的でした。アイヌ民族だけでなく、樺太に住む少数民族のこともほとんど知らなかったし、世界の歴史とも絡み合って舞台がどんどん変わっていくんですけど、作品の熱さが違うんです。文明が発達することがすべて善なのか、みんな一緒で画一的であるべきなのか。少数派の意見が受け入れられにくい状況下で、ただ生きていること、ただ住んでいることの意味を問い続けていく。時代小説の枠には収まりきらない、現代にも通じる社会問題をすべて取り込んでいる作品だと思いました。
田口 僕もダントツな作品でした。今の時代に対して過去の歴史が教えてくれるという部分で、この作品は本当に意味があると思います。川越さんの前作は日本、朝鮮、琉球の三つの舞台で、今回は日本、ロシア、欧州が舞台になる。色んな視点と角度から物事が語られ、ぶつかっていくというのがいいんですよね。特にアイヌや少数民族を語る時には、普通は教科書的で説明ばかり増えていくんですが、登場人物たちの会話から当時の暮らしが浮かび上がっていくので読みやすい。
市川 最初はこれはしんどいものがきたと身構えましたね(笑)。歴史小説の読み方は、ある種、本格ミステリーに似た部分があると僕は思っていて、たとえば綾辻行人(あやつじゆきと)さんは館(やかた)ものでこういう設定をされている。だからこの作品も同じアプローチなんだろうとか、逆に変化球なんだとか予測できる。歴史ものも石田三成をあの人が書いた時はこうだったから今回も同じ、あるいは別の設定なんだと読み進められますが、もうアイヌとポーランドだと真っ白な状態過ぎて、全部を取り込まないと物語から置いてけぼりにされそうだし、すげぇ嫌だなと思ったんです。
ところが田口さんの言う通りで、『ゴールデンカムイ』(野田サトル、ヤングジャンプコミックス)なみにスルスル頭に入ってくる。歴史の講釈ではなく、軽妙でユーモアのあるやり取りが続く中で知識が蓄積されていくからまったく苦にならない。どんどん物語に引き込まれて、ようやく知っている人物が出てきたと思ったら二葉亭四迷(笑)。本当に新鮮な気持ちというか、学生時代に初めて戦国や新選組の小説を読んだ時くらいの高揚感で、歴史を知る喜びに触れました。
田口 僕は少数民族というものがいなくなっていいわけがないし、誰かの営みの歴史を消すなんて絶対にやってはいけないことだと思うんです。何でも自由勝手に発信すればいいわけではないけど、少数派の意見にも耳を傾けるのは必要なことで、もしかしたら歴史から消えてしまう可能性があった人たちの声を、ものすごい熱い物語にしてつなげていったのはすごいことですよ。
市川 今の日本の先の見えない不安な時代や、アメリカとIS(イスラム国)が対立を深めている世界的な情勢にも通じるし、まさに今のタイミングで発表される傑作だという気がします。
昼間 すごく壮大なテーマだし、民族や文明についてまで考えさせられる時代小説はなかなかないんですけど、逆にスケールが大きすぎて、これは売り場で時代小説の棚に置いても埋もれちゃうのが心配。日本とヨーロッパ合作の超大作映画の原作にもなりそうだし、歴史観にしてもテーマにしても世界が問われていることを描いてすごい小説なんですが、「本屋が選ぶ時代小説」という冠には、谷津さんや今村さんの作品を推したい気持ちが強いです。
阿久津 スケールがすごく大きいんですけど、アイヌのことやロシアのことをもっと知りたいと思いながら、読み終えることができたということでも、非常に意味がある作品だと思いました。読み終えたあと、帯の「降りかかる理不尽は『文明』を名乗っていた」という言葉を見返すとまさにその通りで……滅びていい文化や、滅ぼされていい民族なんて絶対にいないんですよね。
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