──長い時間にわたって候補作について語っていただき、最終的に受賞作を決める投票を行いました。素晴らしい作品ばかりで皆さん大いに悩まれたと思いますが、評価の順に投票をいただき、それを点数化したところ、川越宗一さんの『熱源』が僅差で一位となりました。二〇一九年の本屋が選ぶ時代小説大賞は、『熱源』に決定しました。
一同 (大拍手、そして大きく息が吐かれる)
田口 今年は元号が令和になったわけですが、そうなると「歴史」の範囲も変わってきます。これまでの歴史時代小説は明治初期くらいまでが舞台でしたが、最近だと大正時代も完全に扱うようになった。間もなく『熱源』のように、昭和初期までが歴史として描かれることになってくるんでしょうね。
市川 昭和初期ということでは、まさに今年読んだものの中で、中路啓太さんの『昭和天皇の声』(文藝春秋)が印象に残っています。悪いイメージしかない戦前の軍国主義の時代ですけど、その中でも中路さんらしいさわやかな青年将校の造形があり、日本軍の中間管理職の悲哀もあって、あんな風に昭和の時代を描いた作品を他にも読んでみたいですね。
──候補作以外にも注目すべき作品や、書店員として注目されている時代小説界の話題は?
田口 九月には新しい時代小説文庫レーベル、「ハヤカワ時代ミステリ文庫」が創刊されました。「ミステリの早川書房」の強みを活かし、江戸や戦国を舞台に冒険もの、本格もの、私立探偵もの、ハードボイルド、コージーなど各ジャンルの楽しさを掛け合わせた、というものだそうです。
阿久津 うちのお店では入荷自体が少なく、目立った動きはなかったですが、宣伝も大きく展開されていたのでお問い合わせは結構ありましたね。
田口 稲葉博一さんの『影がゆく』は、浅井の姫君を信長から逃がそうとして忍者が活躍する冒険もので、抜群におもしろかったですね。ハヤカワ時代ミステリ文庫は、それぞれ元ネタに外国作品へのオマージュがあって、このコンセプトもうまく働いているようです。
市川 山田風太郎好きの上司からこれは読むべきだと勧められました。店頭でも動いていますよ。
田口 時代小説文庫で挙げると、今年の僕の中のMVPは、宮本紀子さんの『跡とり娘』(ハルキ文庫)です。姉と妹の関係性がいい感じで描かれていて、今後さらに注目されていくと思います。掘り出しものが阿岐有任さんのデビュー作『籬の菊』(文芸社文庫)。後三条天皇の時代というマイナーさに加え、会話のすべてが古語で語られるという圧倒的な読みにくさなんですけど(笑)、源基子をヒロインとし、あの当時の陰謀や裏切りがすべて詰まった一作でムチャクチャ刺さりました。
市川 天野純希さんの『もののふの国』(中央公論新社)は、それこそ平安から明治維新までの武士たちの栄枯盛衰を描いた作品で、日本の武家政権は桓武平氏と清和源氏が革命的に交代するという源平交代説がテーマ。これまでの天野さんの集大成的モチーフだったと思います。僕は天野さんを「歴史小説界のあだち充」と呼んでいて……。
一同 エッ?
市川 『タッチ』は皆さん読んでいると思いますが、あれはすごく業の深い話なんです。死んだ人間のことを引きずりながら、ずっと達也と南は結ばれない。達也が野球をするのは双子の弟の和也のためで、甲子園での優勝の場面も優勝プレート一枚で終わっちゃう。そんな風に厭世観が漂っている部分と、達観したキャラクターが、天野さんの描く戦国武将と被ります。
田口 そのコメント使わせてほしい、って依頼が絶対にくる(笑)。
市川 『もののふの国』は八作家がルールを決めて歴史を書き継いでいく「螺旋プロジェクト」の一作でもあり、単体として評価されにくいのはかなりもったいなかった。来年の第十回本屋が選ぶ時代小説大賞こそは、木下昌輝さんや天野純希さんの戦国小説を絶対に推そうと今から気合いを入れてます(笑)。
昼間 僕は松本清張賞受賞作で、坂上泉さんの『へぼ侍』(文藝春秋)がおもしろかった。候補作品の著者もそうだし、若い作家がどんどん出てくるので、来年も本当に楽しみです。
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