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降格、閑職、病、困った親族、嫡男の死 再起を挑む御曹司の「御奉公」物語

降格、閑職、病、困った親族、嫡男の死 再起を挑む御曹司の「御奉公」物語

文:山内 昌之 (武蔵野大学国際総合研究所特任教授・歴史学者)

『名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘』(福留 真紀)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘』(福留 真紀)

 門閥譜代たる自意識こそ「かけ走り」をしなくてはという使命感につながるのだ。俗にいう育ちの良さということにもつながる。封建制社会でこれ以上はない高い家格と石高に恵まれた酒井家は、一般に世間が考えるランクとは別の序列意識を持っていた。その根本は酒井家が「譜代大名」だという点にある。部屋住みながら忠挙の嫡子・忠相(ただ み)は、柳沢吉里のようにゆくゆくは国持大名になってしまうのではないか、そうなるべきではないというのだ。父の忠挙は、儀式の際、忠相が次のような序列で将軍の前に出たことを憂慮する。(1)国持大名四品、(2)酒井忠相、(3)国持大名無官の惣領、(4)譜代大名四品。この順でいけば、忠相はやがて外様の大大名たる国持大名のカテゴリーに組み込まれかねない。決して杞憂とはいえない。福留氏は、老中たちが強力なライヴァルの雅楽頭流酒井家を合理的に幕府政治の現場から遠ざけようとしたのではないかと疑っている。忠挙の不幸は、酒井家中興を期待した嫡子・忠相が老中・若年寄になる前に、四十二歳の若さで死んだことだ。嫡孫・親愛(ちかよし)が病身で幼い頃から非常に「気随」「短気」で、不機嫌になると外で挨拶もろくにできないのも不幸であった。とても酒井家の嫡流を維持できないと見た忠挙は、傍系の遠縁から養子・親本(ちかもと)を迎えるが、これも二十七歳で死んでしまう。

 その後に養子になるのは、親本の弟・忠恭(ただずみ)である。この人物こそ、やがて大坂城代、延享元年(一七四四)に西丸老中、同年本丸老中兼任となり、忠清以来の幕閣中枢に雅楽頭流酒井家を復活させた器量人であった。ただし忠挙は、生憎(あいにく)なことに、この忠恭の慶賀すべき老中就任を見届けられなかった。享保五年(一七二〇)に死去していたからだ。

文春文庫
名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘
福留真紀

定価:1,760円(税込)発売日:2020年04月08日

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