- 2020.04.29
- 書評
降格、閑職、病、困った親族、嫡男の死 再起を挑む御曹司の「御奉公」物語
文:山内 昌之 (武蔵野大学国際総合研究所特任教授・歴史学者)
『名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘』(福留 真紀)
「かけ走りの御奉公」という言葉があるらしい。著者の福留真紀氏によれば、身分・格式を重視する江戸幕府において、本来の高い家格にふさわしくない軽い職を、好き嫌いなく勤めることだ。将軍への奉公、譜代の自覚をいちずに思い、何によらず進んで奉仕する気構えは、「懸け走り」「欠け走り」とも書かれた。たとえば、大老や老中という執政職を務める家柄の当主や惣領が江戸城の門番や火之番を務めるのは格落ちもいいところなのだ。しかし、「かけ走りの御奉公」でもいいから、まず上様の御為に仕えよと自分と息子を叱咤する人物がいた。どのような卑職であっても、徳川譜代名門の誇りを忘れずに勤め上げよと命じた人物こそ、本書の主人公・酒井河内守(雅楽頭[うたのかみ])忠挙(ただたか)にほかならない。門閥譜代中の名門・雅楽頭流酒井家の出自であり、上州厩橋(うまやばし)十五万石の領主である。
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