- 2020.04.29
- 書評
降格、閑職、病、困った親族、嫡男の死 再起を挑む御曹司の「御奉公」物語
文:山内 昌之 (武蔵野大学国際総合研究所特任教授・歴史学者)
『名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘』(福留 真紀)
しかし、忠挙の晩年は心安らかだったであろう。それは吉宗から「歴世の遺老」(代々の幕府の旧臣)として優遇されたことにある。福留氏は本書で、人あたりといい、生き方をゆるがせにしない所といい、不思議な魅力がある忠挙像を描き出した。政治的苛烈さでは人後に落ちない綱吉が珍しく敗者復活を許したほどの人物である。しかも、気難しい綱吉の大名邸御成は「何の益も御座無く候」と平気で発言しても処罰されない得な人物なのだ。そして、人間観察力が歴代将軍でも秀逸だった吉宗は忠挙の美質を見抜いていたのだろう。
忠挙は酒井家一門の総帥として慶事はもとより、不祥事や厄介ごとを処理する使命も双肩に担ってきた。とくに苦労したのは、中津藩八万石の小笠原長胤の不始末処理である。閨房治まらず、遊興三昧の殿様が家中に俸禄も払わず、出入り商人に買掛金も払わないというのは破格というほかない。「長胤身の行ひあしく、家政も不良なりとて、封地八万石収公せられ」たのは当然であろう(『常憲院殿御実紀』巻八、元禄十一年七月二十九日条)。しかし、そのうち四万石が弟・長円に中津城ともども与えられたのは、忠挙の努力がなければありえないのではないか。また、本家相続を狙う野心家の親族を遠ざける画策など、忠挙はさすがと思わせる政治力にもたけている。
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