精文館書店中島新町店 久田かおりさん
強さの中にある弱さ、弱さの中にある優しさ、優しさの中にあるずるさ、ずるさの中にある強さ。そういう人間の中にあるたくさんのかけらが色鮮やかにくっきりと浮かび上がる。澤田小説を読むといつもそう思う。
御年八十三歳の普明院と、普明院を心から慕い仕える青侍の静馬。二人が暮らすのは比丘尼御所。皇女や高位の公家の姫を住持にいただく比丘尼御所は寺というより御所に近い存在。そこでは下々の浮世とはかけ離れたやんごとなき暮らしが営まれ、そこにおわす人々も、交わされる言葉も得も言われぬ雅な風情。読んでいるだけで自分までふわりふわりと高貴なお方になったような気がするから不思議だ。御所言葉、マスターしたい。
季節の行事や自然を愛で、のんびり気ままに暮らしてあらしゃるようなやんごとなきお方々、そして彼女たちに仕える侍たちも、それぞれに「謎」を抱えておりまして。その「謎」というものがすべて人の弱さゆえ、現実から目をそらし苦しさから逃れようとしたあさましさゆえのもの。自身、その逃げによって養父母を失った静馬の目がその謎の向こう側にある弱さを見つめる。
人々の弱さもずるさも包み込みすべてを受け入れる普明院の優しさと強さに静馬でなくとも思わずお慕い申し上げたくなる。けれどその懐の深さの理由を知ったとき、より一層、普明院の人としての魅力に心惹かれる。
人は誰もが弱い。自分可愛さに人も裏切るし目の前の苦しみから逃れるために嘘もつく。けれど、逃げることを責めても人は逃げることを止めはしない。受け入れ許しそして諭してくれる誰かがいてこそ、逃げることを止められるのだ。逃げてもいい。逃げる場所さえあれば。逃げて逃げて逃げて。そしていつかきちんと振り返ることができたら、そこからまたやり直せばいい。逃げた自分を許すこと、そこから新しく始まるものもある。
季節に沿った7つの物語。その一つ一つから鮮やかな色とふくよかな香りが立つ。一番お好きさんなのは「朔日氷」。今年の夏は氷に羊羹を合わせて頂こう。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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