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木村綾子「その本が、その場所にあること」――これからの「書店発」企画の可能性

木村綾子「その本が、その場所にあること」――これからの「書店発」企画の可能性

別冊文藝春秋

電子版31号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

 興味は示してくれたのですが、「人の視線を浴びながらの執筆は、やっぱりちょっと……」という懸念が生まれ、執筆の場所はイベント会場とは別に確保。会場スクリーンには、ふたりのパソコンをGoogle Driveでつなぎ、Wordの画面を並べて投影。それぞれの画面に、文字が紡がれ、物語となっていく様子を無言で見つめる演出を考えました。奇妙で貴重な2時間がB&Bという空間に出現したのは、2013年6月1日のことでした。

 片岡義男さんが作家デビュー40周年を迎えた2014年には、全6回に渡る連続イベントを企画しました。

『片岡義男と週末の午後を』をシリーズタイトルに掲げて、vol.1はゲストに西田善太さんをお迎えして「1981年『片岡義男とつくったブルータス』」をテーマに。vol.2は堀江敏幸さんと「堀江敏幸が探る、片岡義男の頭のなか」、vol.3は大竹昭子さんと「『撮る人』と『書く人』が重なる場所 ~写真から探る片岡流小説作法~」、vol.4は鴻巣友季子さんと「英語と日本語、翻訳という作業」、vol.5は小鷹信光さんと「70代の翻訳手習い ~小鷹信光と探る、翻訳ミステリについて~」、そして最終回のvol.6には、アメリカから町山智浩さんが帰国してくださり、「語りつくせ越境文化!〈神保町カリフォルニア急行〉」をテーマに開催。まさに片岡義男という作家とその表現世界をさまざまな角度から探訪していく半年を駆け抜けました。

 打ち合わせのために毎回利用していたtag caféに、片岡さんはいつも約束の時間より少しだけ早く到着されていました。そして、まるで決めごとのように「ブラジルNo.2をホットで」と注文。何度目の週末の午後だったか、ふたりきりで他の出演者を待っている時間には、こんなことを語って聞かせてくれました。

「いいですか。物語はつねに自分の外側にあるんです。これはとても大切なことです」

 私はいまでも、コーヒーを淹れるたびに、あのときの片岡さんの佇まいを思い出します。

 そんな日々を重ねていたら、企画したイベントは1000本を超えていました。けれどそのどれもが、ひとつひとつ違った景色として立ち上がるのは、そこに「人」を思い出すからです。

 一冊の本に関わる人の熱意とこだわり、その本を買い求めに集まったお客さんの高揚感を、ダイレクトに感じれば感じるほど、両者を絶対につなげるんだという思いは強くなっていきました。「届ける」というよりも、「つなげる」という感覚です。

 一対一の付き合いだと思ってきた読書が、共有できる読書体験になる。その幸福が、私をこんなにも企画の虜にさせたんだと感じます。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年04月20日

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