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木村綾子「その本が、その場所にあること」――これからの「書店発」企画の可能性

木村綾子「その本が、その場所にあること」――これからの「書店発」企画の可能性

別冊文藝春秋

電子版31号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

本と人をつなぐ2時間

 2012年7月にオープンした下北沢「本屋B&B」の運営に、立ち上げから7年半携わってきました。

“これからの街の本屋”をコンセプトに掲げたB&Bは、個人書店としていちはやく「掛け算型」の発想で本屋の可能性を描き、それを実践してきた場所だったと、贔屓目なく信じています。

 本も売るけどビールも売る(いまさらですがB&BはBooks & Beerの略です)。飲み物を飲みながら、購入前の本を店内で読んで過ごすことができる。その本を抜き取った本棚も、座っているその椅子も、売り物。家具を自宅に迎える前に、B&Bでイメージを膨らますことができるという仕掛けです。

 最大の挑戦は、毎日イベントを開催するということでした。

 私は主にこのイベント企画を担当してきました。

 いまでこそ、作家のトークイベントはスタンダードになってきましたが、B&Bオープン当時は、まだ違いました。ネット上やSNSでのつながりに偏っていた時代が、東日本大震災後、改めてリアルの場所に集う意義を考える方向にシフトしていったとはいえ、その転換期に、「毎日」「有料」を掲げて企画を立て、登壇者と観客を集めて、店として利益をあげるのは、そう簡単なことではなかったのです。

 それでも、作者と読者のあいだに敢えて立ち入って、一冊の本からイベントを企画するという行為に、なぜこうも夢中になってしまったのか。本来なら密やかなおこないであるはずの読書に、新しいかたちを与えることになぜこうも興奮したのか。

 作者と読者が実際に出会ってしまうという非日常の時間を売り物として考え続け、実践し続けてきた日々を、ちょっとだけ振り返ってみようと思います。

 一冊の本を手に取る。表紙をながめて、ページをめくる。読み終わるのがさきかあとか、ふっと、本当にふっと、景色がうかぶ。

 それは、その本を中心に据えて、著者とゲストが語らう姿。それを見つめる読者のまなざし。ひとりでは味わうことの叶わない読書体験が、書店空間に満ちていくひととき……。

 ちいさなひらめきが、実際にイベントという形になった瞬間には、何度繰り返してもまるで初めてのような高揚感がありました。

 ああ、こんなふうに本の面白さを伝える仕事があったのか。夢中になって、次、また次と重ねていたら7年半が経っていました。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年04月20日

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