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命は大事。だから死刑――「命の大事さを一番知っているのは遺族」

命は大事。だから死刑――「命の大事さを一番知っているのは遺族」

上谷 さくら

『死刑賛成弁護士』(犯罪被害者支援弁護士フォーラム)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『死刑賛成弁護士』(犯罪被害者支援弁護士フォーラム)

 さらに、「死刑廃止は世界の潮流である」とも言われます。全世界のうち死刑を廃止している国の方が多いのは事実です。しかし、ここで見落とされている最も重要な問題は、死刑を廃止しているヨーロッパ諸国などでは、なんら刑事手続きを経ないで「現場射殺」が当たり前に行われていることです。加害者を逮捕して取り調べを行い、裁判を経てみたら、加害者にも同情すべき点があり、重罪にすべきではない事件もあるかもしれません。そうした手続きを一切行わずに、現場で射殺する方がいいのでしょうか。海外の制度の一側面だけを取り上げて、あたかもそれが優れているといわんばかりの主張は、国民を欺いているに等しいと言えます。

 それから、「死刑には犯罪の抑止力はない」という意見もあります。しかし、我が国には死刑を廃止した場合と実施した場合を比較した調査自体がないのですから、何の根拠もありません。一方で、死刑制度が抑止力になったケースならあります。2018年に新幹線の中で無差別に乗客を襲い、1人を殺害、2人を負傷させた事件の被告人は、「3人殺すと死刑になるので、2人までにしようと思った。1人しか殺せなかったら、あと何人かに重傷を負わせれば無期懲役になると思った」と供述しました。1人でも殺すことは許されませんが、死刑制度によって、それ以上の死者を防げたという側面があるのです。

 最後に、刑罰は「応報」のためにあるのではないから、遺族感情を重視するのは近代法の精神に反するという意見もあります。しかし、刑罰の目的の一つが「応報」であることは事実です。刑法のどの教科書にも最初の方に書いてあることです。ただし、「応報」というのは、「やられたらやり返せ」を意味しているわけではなく、「犯罪に応じた刑罰を科す」ということなのです。ですから、「命を奪ったものは、死刑によって命を差し出す」ことが、「犯罪に応じた刑罰」に他ならないといえます。

約40年前の基準は適正か

 我が国には死刑制度があるにもかかわらず、殺人事件の裁判で死刑判決が下されることはまれです。ここ数年の殺人事件は一年で900件前後(未遂を含む)ですが、死刑判決が出るのは一年にわずか数件にすぎず、全体の1%未満ということになります。つまり、殺人を犯しても、ほぼ死刑になることはありません。

 なぜ、こんなにも少ないのでしょうか。

 死刑判決というのは、裁判官や裁判員の気分で出されるものではありません。1968年、19歳の少年が4名を銃殺した事件(永山事件)で、最高裁はどのような場合に死刑判決が下されるのかという基準を示しました(1983年7月8日)。これは「永山基準」と呼ばれ、現在でもそれが死刑判決の基準として用いられています。後で詳しく述べますが、事件は個別に検討されるべきであるにもかかわらず、この「永山基準」が一人歩きしているフシがあります。

 1968年というと、50年以上昔の事件であり、永山基準が示されたのも40年近く昔のことです。国民の生活状況や人権意識が凄まじいスピードで変化していくなかで、この古い基準が適正かどうか検証されることもなく、頑固に残り続けていること自体、不当ではないでしょうか。

「殺したがるバカども」ではない

 日弁連は2016年10月、福井市で開かれた人権擁護大会で「2020年までに死刑制度の廃止を目指す」という宣言案を採択しました。採決はその大会に出席した弁護士だけで行われ、賛成546人、反対96人、棄権144人でした。しかし、2016年時点の弁護士数は3万7680人(日本弁護士連合会『弁護士白書2019年版』より)もいるのです。つまり、日弁連は死刑制度の是非という、被害者遺族と被害者支援をする弁護士にとって極めて重要な問題について、3万7680人中546人というたった1.4%の弁護士の賛成で「死刑廃止を目指す」ことに決めてしまいました。

 この人権擁護大会では、作家で宗教家の瀬戸内寂聴さんがビデオレターでメッセージを寄せています。寂聴さんはそのなかで、死刑制度を批判したうえ、死刑廃止を訴える日弁連を激励する意味で、「殺したがるバカどもと戦ってください」と述べました。その後、被害者遺族らから猛烈な批判を浴びた寂聴さんは、朝日新聞に連載中のエッセーで謝罪したものの、メッセージは「今もなお死刑制度を続けている国家や、現政府に対してのものだった」として自分の発言を正当化しました。

 しかし、これは巧妙に言い逃れをしているとしか言えません。

 なぜかというと、日本では、仇討ちは認められていないからです。だからこそ、国家が被害者遺族に代わって死刑を執行しているわけですから、「死刑制度を続けている国家や現政府」を「殺したがるバカども」と言うのであれば、それはまさに被害者遺族に向けられた言葉であることを意味します。

 ですが、被害者遺族も被害者遺族を支援する弁護士も、「殺したがるバカども」ではありません。死刑制度はあっても、死刑判決が出るような悲惨な事件はなくなって欲しいと心の底から願っています。命がどれほど大事か一番わかっているのは、遺族です。

「子どもを返して」

「妻を、夫を返して」

「お父さん、お母さんを返して」

 私たちは、ご遺族の心からの叫びを前にすると言葉を失います。突然に奪われた命は二度と戻ってきません。その現実を前に立ち尽くすしかありません。大事な人を失った人の悲しみ、苦しみ、怒りはどれほどのものなのでしょうか。

 命は大事。だから死刑が必要なのです。

 日本の死刑制度は、とても厳格な手続きのもとに行われています。死刑制度はないけれど、問答無用で「加害者と思われる人」を現場射殺する諸外国が命を大事にしていると言えるのでしょうか。日本の死刑制度は、世界に誇れる素晴らしい制度です。


 本書では、実際に起きた事件のご遺族の声を紹介しながら、私たち弁護士が、なぜ死刑に賛成するのかを具体的に明らかにしていきたいと思います。


(「序章 命は大事。だから死刑」より)

文春新書
死刑賛成弁護士
犯罪被害者支援弁護士フォーラム

定価:968円(税込)発売日:2020年07月20日

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