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大友義鎮の史実と安部文学

大友義鎮の史実と安部文学

文:鹿毛 敏夫 (名古屋学院大学教授)

『宗麟の海』(安部 龍太郎)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『宗麟の海』(安部 龍太郎)

 しかしながら、こうした大友義鎮像について、その一つひとつの原典(論証のもととなる史料)をたどっていくと、意外にもその根拠が薄弱であることに気がつく。江戸時代の寛永年間(一七世紀前半)の撰述とされる『大友記』(著者不明)では、義鎮が「都より楽の役者をめされ酒宴乱舞、詩歌、管弦にて日を送り、ひとへに好色に傾き給ひけり。美女の費(ついえ)は万民の苦みとなる」などの人物伝があるが、史料的根拠がないことはいうまでもない。

 為政者が個人的な趣味や信仰の世界に入り込んで公儀を見失うことで亡国するという文脈は、世界中の様々な政権の興廃のなかでしばしば聞く歴史のひとこまであり、小説の世界ではよく取り入れられるストーリーである。

 義鎮の場合も、例えば、遠藤周作の名著『王の挽歌』が、戦乱にあけくれた生涯での人間の内面の葛藤に焦点を当て、わずか数日のザビエルとの出会いが心の闇に光を投げかけ、安寧を得るためのキリスト教理想国家を追い求めてやがて落日する義鎮の心情を鮮やかに描いて、読者を魅了する。ただし、物語としては確かにおもしろいが、歴史科学という観点からは首肯できない。

 大友義鎮の研究は、ここ二〇~三〇年で文献史学と考古学において急速に深化した。本書は、小説でありながら、そうした歴史学の最新成果への配慮を特徴とする。

 中国の歴史書の分析から、義鎮が明に派遣した「巨舟」の実態が明らかになると、本書では巨船「大洋丸」として登場する。仲屋顕通(けんつう)・宗越(そうえつ)という親子二代で莫大な富を蓄積した豊後府内の大豪商の新史料が発見されると、さっそく本書ストーリーの随所で活躍している。

 桟敷に座って弘子と山鉾巡行を見物した府内の祇園会も、豊後国最大の祭りとして、当時に催行されていたことが古文書から明らかになっている。歴史学の最新研究に取材し、その史実からストーリーが組み上がっていくところに、安部流『宗麟の海』最大の魅力を感じる。

 

 アジア史や世界史的にみるならば、一六世紀半ば以降、中国を中心とした外交・交易秩序が形成されていた東シナの海に、西欧史上のいわゆる「大航海時代」を迎えたポルトガル・スペイン勢力が参入してきた。

 そもそも東南アジア諸国を本来的に意味する「南蛮」の一員として迎えられた彼らは、この海域においては、いわゆる新規参入者であり、イエズス会をはじめとするキリスト教各会派の宣教師たちは、布教活動を推進するための情報収集に奔走する。

 そうしたなかでも、ザビエルの日本来航は、鹿児島出身のアンジロウと東南アジアのマラッカで出会ったことを契機とするもので、その後、ザビエルは、主に鹿児島・山口・府内の三都市で、島津貴久・大内義隆・大友義鎮という戦国三大名に面会して、布教活動への理解と協力を求めたのであった。

文春文庫
宗麟の海
安部龍太郎

定価:1,210円(税込)発売日:2020年10月07日

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