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大友義鎮の史実と安部文学

大友義鎮の史実と安部文学

文:鹿毛 敏夫 (名古屋学院大学教授)

『宗麟の海』(安部 龍太郎)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『宗麟の海』(安部 龍太郎)

 大名側の反応は三者三様であったが、布教活動における現地権力者への接近を厭(いと)わないとするイエズス会の宣教方針の成果は次第に実を結び、島津氏領での布教禁止措置を乗り越えて、大内氏領では布教許可を獲得、その後、大友氏領には大名大友義鎮から招聘・歓待されるかたちで、日本布教の根拠地を獲得していったのである。

 西日本各地で播かれたキリスト教布教の種は、やがてその後継者たちの活動によって成熟期を迎えることとなった。彼らの宣教活動は、特に同時期にアジア方面への外交・交易政策を重視していた西国大名の志向性ともリンクし、やがて、そのうちの良き理解者数名の授洗に成功して、大村純忠・有馬晴信・高山右近らのいわゆる「キリシタン大名」の誕生に結実していくことになる。

 大友義鎮もその「キリシタン大名」のひとりとされるが、その性質は、鎌倉時代以来二一代におよぶ歴代大友家当主の脈々としたアジア的国際活動のなかで生まれたという事実を踏まえて考えなければならない。

 すなわち、守護大名期の大友氏当主による対外政策の目は、単に政治・外交関係の構築や、貿易による経済的利益の追求にとどまらず、中国を中心とした当該期東アジアの先進的芸術文化の進取にまで向いていた。

 そして、そうした一三~一五世紀代の歴代当主による、自らを東アジアの歴史的展開過程のなかに位置づけ、その求心軸である中国を意識した政治・外交・経済・文化的政策の実行という特質は、やがて、一六世紀の戦国期に入ると、一段と活発化かつ広域化していく。それは、ユーラシア大陸に近い九州の地の利を活かして、アジア史の史的展開のなかに自らの領国制のアイデンティティを追求しようとする国際的地域政権の営みと言える。

 新興の戦国大名とは異なり、大友氏の場合は、中世四〇〇年間を通底するこうした「アジアン大名」としての政治・外交・経済・文化活動の歴史的伝統を土台として、一六世紀末の「キリシタン大名」大友義鎮が誕生したことの歴史的意義を評価せねばならない。

 日本の「キリシタン大名」には、九州に多い貿易船の来航を視野に入れた受洗者と、九州以外に比較的に多い救霊動機の受洗者の二系統がある。義鎮をあえて分類するならば、前者の九州型と言えようが、ただし彼の入信を、単なる現世利益追求の手段として片付けることは難しい。一六世紀の豊後に花開いたキリスト教文化は、その為政者義鎮の宗教的寛容精神に負う部分が大きい。

 さらには、ヨーロッパのカトリック世界との関わりにおいて、彼らに最も多くの影響をおよぼした戦国大名は、日本史上で著名かつ評価の高い織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などの人物ではなく、「Coninck van BVNGO」(豊後王)などと表記された大友義鎮である。

 東アジアの宗主国明朝から倭寇禁制要請の日本側交渉権者として認識され、ヨーロッパのカトリック世界からは彼らの東アジア宣教活動を庇護するパートナーとして選ばれた事実は、日本国内の一地域公権力としての戦国大名の枠組みを超越して活動する為政者大友義鎮の性質を、何よりも雄弁に証拠づけるものである。

文春文庫
宗麟の海
安部龍太郎

定価:1,210円(税込)発売日:2020年10月07日

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