
『嘆異抄』が与えた影響
私が『嘆異抄』を初めて読んだのは、大学一年生の春、十八歳のときでした。それまで自分が抱いていた宗教や仏教のイメージが変わったのを覚えています。そういう意味では、やはり影響を受けているのでしょう。
「日本の近代の思想家たちは、親鸞を通して、宗教的な思想について思索を深めてきた。もっと端的に言えば『嘆異抄』を通してだ」
思想研究者の子安宣邦(※一九三三年~、大阪大学名誉教授。主著に『近代知のアルケオロジー』『嘆異抄の近代』)がそうした意味のことを述べた通り、日本の近代の宗教思想について考察する際、『嘆異抄』という書物は避けて通れません。思想家だけではありません。『嘆異抄』に影響を受けた科学者や医学者もいます。たとえば協和発酵工業(※協和キリンの前身)の創始者の加藤辨三郎(※一八九九~一九八三年)は、科学者としても経営者としても活躍した人でしたが、『嘆異抄』をきっかけに在家仏教協会を立ち上げました。この人は、
「具合が悪ければ抑え込む『対治』だけではなく、同じ方向に沿う『同治』もこれからの医療は考えなくてはいけないのではないか」
と、仏教から学んだことを踏まえて提言もしました。
また、野間宏(※一九一五~九一年、小説家・評論家・詩人。主著に『真空地帯』『青年の環』)、丹羽文雄(※一九〇四~二〇〇五年、小説家。主著に『鮎』『親鸞』)、遠藤周作(※一九二三~九六年、小説家。主著に『海と毒薬』『沈黙』)、五木寛之(※一九三二年~、小説家・随筆家。主著に『青春の門』『大河の一滴』)、吉本隆明(※一九二四~二〇一二年、評論家・詩人。主著に『共同幻想論』『最後の親鸞』)などの作家ももちろん、『嘆異抄』に影響を受けています。吉本隆明などは、
「『嘆異抄』を読むと親鸞がいかに危ないことを言う人だったかがよくわかる」
と語っていて、面白いことを言う人だなと思ったことがあります。おそらく、第九条や第十三条のことを指しているのでしょう。