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宮城谷氏のなかで生き生きと呼吸する、1800年以上前の異国の人物たち

宮城谷氏のなかで生き生きと呼吸する、1800年以上前の異国の人物たち

文:湯川 豊 (文芸評論家)

『三国志名臣列伝 後漢篇』(宮城谷 昌光)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『三国志名臣列伝 後漢篇』(宮城谷 昌光)

 荀彧(じゅんいく)は、さらに名門の出自といえるだろう。父の兄弟は七人いて、世間から「八龍」とたたえられた。父の荀緄(こん)は次男で、万事に慎重な男だったらしい。荀彧二十歳のとき、その父親のためらいを乗り超えて、何顒(かぎょう)という才子をかくまい、都に送り届ける挿話(エピソード)は、まさに荀彧の青春を感じさせる。何顒はこの青年について、「王佐の才がある」と予言する。

 荀彧は、父がした約束によって宦官・唐衡(とうこう)の女(むすめ)(養女である)を妻にした。父は、結婚後は「いつ離別してもかまわぬ」などと無責任なことをいったが、荀彧は妻をかばいつづけた。そういう荀彧が、曹操に認められ、その相談相手になったのも、一種の奇縁であろうか。曹操は祖父が宦官であったが、宦官の蹇碩(けんせき)とは最後まで対立した。対立といえば、荀彧は後漢最後の皇帝・献帝をかばいつづけ、曹操が魏公になるのを反対した。そして曹操に強いられるかたちで、毒を仰いで死んだ。まさに「王佐」の人であった。

 時代は進み、後漢が崩壊し、魏呉蜀の三国時代がすでに始まっているのである。

 

 私がこの解説で、朱儁(しゅしゅん)・王允(おういん)・孔融(こうゆう)の三人をとりあげなかったのは、ひとえに紙数の関係からである。おもしろい、ということでいえば、孔子の裔孫である孔融などその最たるひと。政治的に野心家でもあり、また自信家でもあった。曹操と袁紹の覇権争いのどちらにも与(くみ)せず、曹操の批判者として生涯を終えた。王允の生き方を追跡していけば、党人と宦官の争いの実相を知ることになる。朱儁は、黄巾の乱で皇甫嵩、曹操と共に活躍するが、孝心が人格の中心にあり、後漢王朝が「孝」理念を何にもまして尊重した実情が見えてくる。

 こうした多彩な名臣たちの肖像をあざやかに描ききってみせる作家の筆の力はどこからくるのだろう。一冊を読み了って、改めてそのことに思いを致さざるを得ないが、いうまでもなくこの問いは簡明な解答を得ることはできない。もし一つだけ強く抱いた感想を述べるとすれば、後漢王朝に出入りした人物たちは、宮城谷氏という作家のなかでひとりひとりが確実に生きている、ということである。生きて、呼吸している。千八百年以上も前の、異国の人物たちが、である。

 それによって、『三国志名臣列伝 後漢篇』ができ、さらに魏篇、呉篇、蜀篇と続くとすれば、それらは宮城谷『三国志』十二巻と表裏一体となって、完璧な世界をつくりあげるに違いない。そして蛇言を弄すれば、それは名臣列伝の一冊を読み、名臣たちの姿を愛惜することと少しも矛盾しないはずだ。

文春文庫
三国志名臣列伝
後漢篇
宮城谷昌光

定価:803円(税込)発売日:2020年12月08日

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