なにしろ最年長九十一歳、最年少七十七歳。あとの四人は八十代という陣容である。「歳のわりには元気」だとしても、「なにがあってもおかしくない」年ごろだ。そのうえ、およそ一年もステイホームと称した引きこもりがつづいたのだから、いろいろと「進んだ」のではないか。いっそ加速したのでは、というのが安田の見方だった。
とにかくしょっちゅう電話がきた。貸し切り予約と、そのキャンセルと、確認の電話だった。
あの人たちの会では、持ち回りで喫茶シトロンに予約を入れる決まりになっているらしい。毎月開催ならシンプルなルーティーンに過ぎなく、なんの問題もなかっただろうが、新型コロナウイルスの感染拡大にともない、どんどん見通しが立てづらくなっていき、「いったん予約」と「やっぱりキャンセル」をおこなわなければならなくなった。それが彼らを混乱させたようだった。
それぞれが、思い思いに、「そろそろコロナも止みますので」と断言しては予約し、「ヤー連絡網がきたんだワ、中止だって。ウン、会長が決めたの。苦渋の選択サァ」とキャンセルするようになった。「来月のぶん、予約してますよね?」、「ンット、取り消したんだったかナ?」の確認も数日おきに入った。
連絡を受ける側の安田もいくぶん混乱した。
なんといってもまだ二十七歳。祖父母にしたって七十そこそこで、彼らほどの高齢者と接するのは初めての経験だった。
間の悪いことに、最初の緊急事態宣言がおこなわれたのは、安田が喫茶シトロンの雇われ店主として独り立ちした時期と重なった。店主として一度も店を開けないまま休業の日々がつづいたのだった。
がらんとした店内で、あるいは二階の住居スペースで、なにをするでもなくひとりで過ごす一日の、昼夜の別なく、というか、夜討ち朝駆けみたいな勢いで、あの人たちからの電話が鳴った。固定電話は一階のカウンターに置いてあった。レトロな店のムードに合わせたレトロな黒電話で、着信音でしか知らなかったベルの音が二階まで聞こえてくる。どこにいても、早く出なきゃ、と思わせる音である。
オカッパ頭というか鉄アレイというか、そんな形の重めの受話器を耳にあてると、あの人たちのうちのだれかの声が食い気味に聞こえてくる。どの声もいやに生き生きとしていた。一人なのになぜかわちゃわちゃとしていて、なんとなしの押し付けがましさをまぶしながら、いっしょうけんめい喋るのだった。喋り終えるとホッとしたように息をつき、たまに、ちいさなあかりを灯すような声音でもって「美智留さん、元気でやってっかい?」と訊いてきた。
美智留さんというのは、喫茶シトロンのオーナー兼前店長だ。安田の叔母でもある。昨年四月に齢四十七で再婚し、夫の転勤に伴い函館に転居した。喫茶シトロンを閉める気はなかったようで、埼玉県朝霞市在住の甥すなわち安田を呼び寄せた。甥はチェーン系カフェでバイトをしていて、店に勧められるまま食品衛生責任者の資格を取っていた。
-
『リーダーの言葉力』文藝春秋・編
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/12/17~2024/12/24 賞品 『リーダーの言葉力』文藝春秋・編 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。