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「名作の壁」を超える

「名作の壁」を超える

阿部 公彦

『英文学教授が教えたがる名作の英語』(阿部 公彦)


ジャンル : #ノンフィクション

『英文学教授が教えたがる名作の英語』(阿部 公彦)

(…)私が海に落ちたときの混乱は筆舌に尽くしがたいほどだった。泳ぐのは得 意だったが、波をしのぎきって息継ぎをすることまではかなわず、そのうちに 波に押され、というより波に運ばれるようにして、はるかな岸へと流されていっ た。波は岸に押し寄せてから引いていき、私はほぼ水面から出て打ち上げられ たが、大量に水を飲んだこともあり、ふらふらだった。 

 この箇所を見て、どのようなことに気づくでしょう。ここで注目した いのは接続詞です。引用した箇所は数行にわたり、それなりの長さがあ るのですが、それでも一つの文におさまっているのは、接続詞が多数使 われているからです。では使われている接続詞にはどのような特徴があ るでしょう。接続詞だけを取り出してみると、こんな具合になります。 for, though, till, and, and, but。これを一目見て気づくのはthough, till 以外はすべて等 位接続詞だということです。
 接続詞には等位接続詞と従位接続詞があります。前者はA, and B と かA, but B という使われ方をします。等位という語にあらわれているよ うに、これらは対等の関係にあるものをつなぐ働きをすると考えられます。これに対し従位接続詞は、when A, B のようにA の節をB という主 節に従属させて従属節をつくります。そこには一方が一方に従うという 関係性があります。 デフォーの引用箇所では等位接続詞が多いために、同じくらいの重要 性をもった節が並列的につながっていくことになります。主人公が波に 翻弄される様子を読みながら、読者は次々に同じようなレベルの情報 がつらなっていくという印象を受けるでしょう。これは主人公の置か れた状況や心理を表現するのにちょうどいい方法だとも言えます。the Confusion of Thought which I felt という一節にも表れているように、語 り手は因果関係や理由説明などによって世界を整理し合理的に説明する 余裕がないのです。次々に起きる出来事や印象をただ受け止めるだけ。 だから、語りによる秩序づけよりも、時間の流れや出来事展開の自立性 が際立つこうした書き方がちょうどいいというわけです。

 一般に、英語の文章には大きくわけると二つの傾向があると言われま す。一つはこの箇所のデフォーがしているように、等位接続詞や羅列、 同格などを使って、情報を並列的にならべていく書き方。こうしたスタ イルをとると時系列に沿った出来事展開をスピード感とともに表現しや すくなります。ひたすら周囲の状況についていくだけのやや受け身の視 点で人物を描くことができます。ただ、これをやりすぎると、だらだら と切れ目なく話がつづき、どこに力点があるのかわからなくなって冗長 な印象を与えることもあります。and やbut などの等位接続詞を使えば、 原理的には無限に文章をつづけることができるので、文の長さに歯止め が効かなくなる可能性もあります。ただ、英語はもともとそういう書き 方をしてもそれほど違和感のない言語でもあり、こうやって並列的に同 質のものをならべることでリズムをつくる中から雄弁さと説得力を生み 出していくのが英語の美学だという見方もできます。

 このように等位接続詞に依存するような文をloose sentence と呼びま す。これに対し、もう一つの書き方はwhen, as, if などの従位接続詞を 中心にした文で、こちらはperiodic sentence と呼ばれます。後者では、 従属部分を活用することで話者が明確に重要ポイントを差し出したり、 ドラマチックな演出を加えたりできます。パンチが効いた落ちのある文 がつくれるということです。 

 また英文解説は以下のように行っています。

みなさんが「名作」の壁を越える一助となれば幸いです。

単行本
英文学教授が教えたがる名作の英語
阿部公彦

定価:1,925円(税込)発売日:2021年04月27日

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