真山 リーダーの定義って難しくて、欧米だと「部下に権限を移譲して好きにさせるが、最終責任は自分が取る」タイプが理想とされます。日本の歴史を見ると、徳川家康が該当するでしょう。でも、多くの日本人が持つ理想のリーダー像は「隗(かい)より始めよ」で、言い出した人間が自ら先頭に立って集団を引っ張っていくのがよいとされる。それは高度経済成長期に求められていた人物像で、鬼平もそのタイプですね。私なんかは、日本はその理想像に引っ張られすぎて外国に勝てなくなってしまったと思っているんですけど。
生島 鬼平は理想の上司かもしれないけど、その息子がダメなんだよなあ。
今村 あれは人間のリアルを描いていると思いますよ(笑)。小兵衛の息子の大治郎なんて出来すぎてます。
真山 長谷川家の息子は「のび太君」なんですよ。昭和四十年代まで日本の家庭にはのび太君がいっぱいいました。
今村 息子のこともそうだし、イメージ的に完璧すぎるからなのか、鬼平は、小兵衛や梅安に比べて、病気になっている確率もやや高い気がします。寝込んだり、風邪ひいたり、民間療法みたいなことまでやっている。正義漢という確固たる位置づけになっているけれども、鬼平だって人間だから弱い面もあるんだよ、と言いたいのかな、と。めっちゃ活躍した次の話にかぎって、よく風邪をひいて寝てる気がする(笑)。
真山 池波さんは、鉄板のヒーロー像が嫌いなんだと思う。だからこそ鬼平に弱みを作るし、歴史小説を書いても王道の信長、秀吉、家康でなく、真田家に焦点を当てた作品が多い。
生島 今回の仕事を受けて良かったなあと思っているのは、『真田太平記』に取り組めたことなんです。
今村 おおっ、それはいい話ですね。『真田太平記』は本格的な歴史小説。現代では時代小説と歴史小説を並行して書かれる作家が少なくなりましたけど、池波先生は歴史ものも時代小説のシリーズも、同時並行で書いていらした。
生島 『真田太平記』を読んで感じたのは、講談の気配が濃厚だということ。ここ数年、私は講談師の神田伯山に入れ込んでいるんですが、伯山が取り組んでいる『天一坊』や『慶安太平記』と構造が似てる。実は、本筋よりも脇筋の方が面白いんですよ。
今村 なるほど。『真田太平記』の主人公はもちろん真田昌幸、信幸、幸村の三人ですけど、脇で「草の者」と呼ばれる忍者が大活躍しますからね。猿飛佐助を連想させる向井佐助、佐助を男にしたお江、信幸が惚れてしまった小野のお通と、教科書には登場しないキャラクターが物語を動かしていきます。
真山 池波さんは舞台の脚本や演出を多く手がけているから、作品を完成させる上でバイプレイヤーが大切だと身体で分かっていらっしゃる。書いているうちに、脇が自然と固まってくるんだと思うんです。
生島 今回、読んでみて、ものすごくカッコ良かったのが田子庄左衛門という老いた忍びで……。
今村 瀕死のお江を助けた忍び!
生島 そうそう!
今村 本当に少ししか出てきませんけど、あれはカッコいいです!
どこまでも「池波流」で
生島 今村さんは、去年から『幸村を討て』を読売新聞オンラインで連載されていますね。
今村 はい。尊敬する作家の描いた人物は、畏(おそ)れ多くて扱わないという考え方もあると思うんですけど、僕にとって池波先生の『真田太平記』は原点。どうしても自分なりの真田を書いてみたいという気持ちがあるんですね。ちなみに僕の個人事務所の名前も、真田伊豆守信幸に由来したもので。
生島 それはなんというか、徹底してますね(笑)。「池波用語」なども、今村さんの作品の中に影響してますか?
今村 してますね。「仕掛け」(暗殺)とか「嘗役(なめやく)」(盗みに入る商家の内情を探る探索人)などは、あまりに好きすぎて、自分の小説でも出してしまっています(笑)。
生島 嘗役って、いかにも卑屈で、悪そう。『梅安』は「蔓(つる)」とか「起(おこ)り」とか、なんだかダークな言葉が独特の雰囲気を作ってますよね。
今村 池波先生ってテンポや音の響きを重視されているのか、時代小説にそぐわない言葉を意図的に持ってこられることもあるんです。たとえば「暗黒街」。
真山 江戸時代に、「暗黒街」とは意表を突かれますよね(笑)。
今村 池波先生がよく「暗黒街」を使われるので、僕は池波派ですから、『くらまし屋稼業』で「江戸の暗黒街」と書いた。そしたら校閲さんから「『暗黒街』OK? 『裏の道』トカ?」とチェックが入りまして。「池波リスペクトです」と返して、直しませんでした(笑)。
真山 池波さんは劇作家だったから、自然と音の響きを大切にされている気がします。芝居の台詞にしてみて心地よい言葉を選択しているのでしょうね。
生島 音を重視している効果でしょうけど、今回再読して、とにかく読みやすかった。「あい、あい」とたった一行の台詞でテンポよく改行していくのも大らかでいいし、どんどん読み進めていけるのが快感で。今村さんがおっしゃったように、読書の自信もつきます。
今村 池波先生の一行、二行は、読者に伝える情報量がすごく多いんですよ。たとえば『鬼平』の「兇剣」の冒頭は、「生簀(いけす)からひきあげたばかりの鯉を洗いにした、その鯉のうす紅色の、ひきしまったそぎ身が平蔵の歯へ冷たくしみわたった」。
生島 すごい。季節も分かる。
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