- 2021.09.06
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2021年上半期の傑作ミステリーはこれだ!【国内編】<編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2021年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
司会 デルタ株を避けてリモート勤務しているうちに、気がつけば夏が終わっていました……! ふだんミステリーを担当している編集者が集まり、文春のイチオシ作品も織りまぜつつ、2021年夏までの必読ミステリーをふりかえる座談会をお届けします。
参加者は、文庫編集部のAさん(『葉桜の季節に君を想うということ』『隻眼の少女』など担当。最愛の1作は『虚無への供物』)、翻訳ミステリー担当部長のNさん(文春初の大学ミス研出身者。海外ミステリー一筋20年。最愛の1作はJ・エルロイ『ホワイト・ジャズ』)、単行本編集部のTさん(ミステリ読みが羨ましい編集者。最愛の1作はドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル』)、オール讀物のHさん(『いけない』など担当。最愛の1作は『シャーロック・ホームズの帰還』)、週刊文春のKさん(「ミステリーレビュー」担当。最愛の1作は『亜愛一郎の転倒』)、別冊文藝春秋のKUさん(雑食。最愛の1作は連城三紀彦『戻り川心中』)。司会はオール讀物のI(文春2人目の大学推理研出身者。最愛の1作は島田荘司『北の夕鶴2/3の殺人』)が務めます。では、さっそく国内作品から見ていきましょう。
[国内編]
T 2021年上半期の注目作といえば、デビュー20年を迎えた米澤穂信さんの『黒牢城』(KADOKAWA)でしょう。米澤さんは無類の本好きで、小説のみならず、歴史にも造詣が深いことはよく知られていますが、節目の年に、満を持して本格的な長編歴史小説を上梓しました。当然、米澤さんらしい本格ミステリーにもなっていて、歴史と推理の融合ぶりに個性が光ります。
時代は本能寺の変の4年前。信長に叛旗を翻した荒木村重が、有岡城に籠もって戦う1年間が物語の舞台となります。村重は、説得に訪れた秀吉麾下の軍師・黒田官兵衛を捕らえて城の土牢に幽閉するわけですが、なんと黒田官兵衛が安楽椅子探偵として、有岡城下で起こる奇妙な事件の謎解きをしていく。このぶっ飛んだヘンさも含めて「さすが米澤穂信!」としか言いようがない力作です。
司会 黒田官兵衛が有岡城に囚われるのも、1年後に有岡城が落ち、荒木村重が行方をくらませるのも有名な史実で、本作は史実に反することは何一つ書いていません。米澤さんは、史料の残っていない籠城中の城下の「空白の1年」に想像力を働かせて、“本格ミステリー空間”を作り出したことになりますね。
T まさにそうです。細部に至るまで歴史への造詣の深さが途轍もなくて、本格派の歴史小説の構えをしているのに、ページをめくるとガチガチの物理トリックが炸裂する。とくに最初の事件なんて、足跡のない雪に閉ざされた納戸で人質が射殺されるという「雪密室」なんですよ(笑)。
K 面白かったです! 最初は、時代ものでここまで本格ミステリーにする必要があるのか? と思ったんですけど、読んでいくうちにこれが米澤さんの矜恃なんだな、と感じました。
H 単に戦国時代を「器」として借りてくるだけではなく、城内で起こる不可解な事件を通じて、誰もが不思議に思っている「荒木村重はなぜあんな無謀な裏切りをしたのだろう?」という歴史上の謎に、米澤さんなりの答えを出そうとしています。そういう意味では、正統派の歴史ミステリーと言えるんです。
N 僕は山田風太郎への強いオマージュを感じました。史料の「余白」を奇想でもってふくらませて本格ミステリーに仕立ててみせる書き方は、とくに『明治波濤歌』『明治断頭台』といった山風の明治ものを意識している気がするし、その上で、山田風太郎は歴史の中の人間をニヒリズムのもとに眺めるけれど、米澤さんはまた別の人間観、倫理観をしっかり提示していると思います。牢内の囚人が探偵役を務める設定は『おんな牢秘抄』を想起させるし、『明治波濤歌』には雪の積もった丘の密室を描いた短編(「巴里に雪のふるごとく」)もあるでしょ?
もう一つ、トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』(ハヤカワ・ミステリ文庫)とも対比してみたい。これ、全体主義的な架空の国家の憲兵を主人公にしたミステリー短編集なんだけれども、地べたにいる人々が起こす殺人事件を憲兵が捜査して解決する営みが、実は国家と体制のありようや、歴史の巨大なうねりに直結し、世界のありようにつながってゆく物語になっています。トマス・フラナガンが「架空の全体主義国家」というファンタジックな仕掛けでやったこの試みを、歴史に材をとればリアルに即してやれるんだなと、『黒牢城』を読んで感じたんです。だから、米澤さんの『黒牢城』を気に入った方は、ぜひとも名短編集『アデスタを吹く冷たい風』を読んでもらいたいなと。
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