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時代小説、これが2021年の収穫だ! Part1 縄田一男・選

時代小説、これが2021年の収穫だ! Part1 縄田一男・選

文:縄田 一男

当代きっての目利きが選んだ、絶対読むべき令和三年のベスト10

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

『もろびとの空』は、秀吉の行なった三木城の干殺しを扱かった作品。従来この城攻めを描いた作品は、凄惨なイメージが付きまとったが、この一巻はそうしたイメージを完全に払拭した。作者が描くところのカニバリズムの描写ほど人間的救済を求めているそれはなく、これらが題名にある“もろびと”という言葉と相まって、宗教的救済すら作中人物に用意する。彼らはあの極限状況下の城の中で、どのような空を仰いだのであろうか。そんな想いが胸を過(よぎ)る。

『白光』は日本初のイコン画家・山下りんを主人公とした作品である。作者はりんの描く絵ばかりでなく、りんを通して浮かび上がってくる文化・宗教・芸術、そのすべてを抽出するという離れ技を用いている。りんのロシア留学を庇護するニコライ師は、りんにも増して波乱万丈の生涯を送るが、彼が亡くなり、ニコライ堂の鐘が打ち鳴らされる場面には落涙せざるを得ない。ラスト、作者はこよなく優しい一行で物語を閉じている。

『浄土双六』は、都にいくつもの死体が捨て置かれている、何やらコロナ禍の令和めく室町時代。題名の“浄土双六”とは、地獄や極楽を表した仏教の絵双六だが、全篇を通じこの夢なき時代に、命ある限り賽(さい)を振り続けた人々―足利義教(よしのり)、今参局(いままいりのつぼね)、日野富子ら――の哀しみや歓びが読み手に伝わってくる充実の一巻である。

『噂を売る男』は、シーボルト事件を新趣向で描いた時代サスペンスの傑作。主人公は古本屋の藤岡屋由蔵。ただし彼が商う物はもう一つ、噂や風聞の類、すなわち、情報である。由蔵はふとした事からシーボルト事件に巻き込まれるが、いい加減な風聞によって父を失なった過去を持つ彼が自らに課しているのは、真実を見極める事。時にハードボイルドタッチで描かれる由蔵の闘いは時を忘れる快感に満ちている。

 最後は作者八十六歳の遺作『野望の屍(かばね)』である。本書は太平洋戦争を扱かった史伝であり、ヒトラーと彼の『わが闘争』を熟読した石原莞爾(かんじ)の二人に着目。動乱の世紀を活写した。史伝は本来、客観性を旨とするものだが、本書の行間からは、国のリーダー達の野望の犠牲となった人々の屍が、あちこちで泣き続けている、という主張が伝わってくる。作者の遺言にも似た最後の一巻である。


(「オール讀物」12月号より)

単行本
千里をゆけ
くじ引き将軍と隻腕女
武川佑

定価:1,980円(税込)発売日:2021年03月26日

単行本
白光
朝井まかて

定価:1,980円(税込)発売日:2021年07月26日

単行本
浄土双六
奥山景布子

定価:1,760円(税込)発売日:2020年11月20日

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