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『嫌われた監督』について語るときに鈴木忠平が語ること。 鈴木忠平ロング・インタビュー【前篇】

『嫌われた監督』について語るときに鈴木忠平が語ること。 鈴木忠平ロング・インタビュー【前篇】


ジャンル : #ノンフィクション

『嫌われた監督』(鈴木 忠平)

3

 2000年に入社して、最初に配属されたのは「地方版」の東海地区担当だった。愛知、岐阜、三重、富山、各地域のスポーツ・イベントを取材する。一般紙の、かつての新人記者にとっての警察(サツ)廻りのようなイニシエーションだ。記事は各地域限定の紙面に載せられる。

 その中で、最も需要の高いコンテンツが高校野球だった。地方大会から、各県代表校の甲子園での試合までを追いかける。試合に出場するすべての選手と監督の名前を掲載するので、選手の親御さんや関係者が皆、購読してくれる。だから、会社にとっては手堅く部数の見込める取材記事というわけだ。

 野球に興味がなかったわけではないが、高校野球の、特に地方版の取材は、本当に地道な取材活動の連続だった。

 地方の野球場を汗だくになりながら走り回った。試合を観て、監督や選手のコメントを取る。ひとりで取材に行っているから、写真も自分で撮らなければいけなかった。観客席でエース・ピッチャーの母親を見つけ出すのも仕事のひとつだった。「○○くんのお母さん、いらっしゃいますかー?」なんて大声を出して探し、息子のエピソードを聞き出したりもした。

 日韓W杯の取材がしたくて入った新聞社だった。だが、当初、自分が思い描いていた記者像からは遠く離れたところにいた。いま思えば、会社とはそういうものなのだが、なんの実績もない新人記者の願いが聞き届けられるはずもなく、2年後にW杯を現地で取材するどころか、サッカー担当になることすら、全くもって現実的なものとは言えなかった。

 実際、日韓W杯は苦い思い出として記憶されている。

 日本の初戦、対ベルギー戦の時は“街モノ”の取材をしていた。代表選手の鈴木隆行が、稲本潤一が、遠く離れた埼玉スタジアムでゴールを揺らしていた頃、私は名古屋本社近くのスポーツ・バーで燻っていた。「感動しました」なんて決まりきったファンのコメントを拾い集めるのが、私の仕事だった。

 新聞社を志望したのは、こんなふうにW杯と関わるためだっただろうか……。かつて、フランスW杯のスタジアムの外で出会った記者と、現実の自分には埋めがたい隔たりがあった。

 もっとも現実には、記者であり続けることすら、危うい状況にあった。

 私は書く原稿、書く原稿で赤字を出し続けていたのだ。事実関係の誤植は、紙面の信頼性に関わるため、デスクからは「お前、そのうち記者でいられなくなるぞ」と叱られ続けた。

 名門校の監督の名前を間違って、デスクや先輩記者が謝りに行ったことすらあった。出場選手や監督の名前は、メンバー表をもらうので、私の単純な書き写しミスだった。

 書いた原稿を、デスクに無言でゴミ箱に捨てられたのもその頃だ。

 次第に仕事は面白くなくなり、思い描いていた理想は色褪せていった。「なんとかなる」と前向きになる気力すら奪われていたように思う。高校時代、全国大会への道が絶たれた時よりも、就職活動で不採用通知を受け続けたころよりも、擦り減っていた。社会のどこにも自分の居場所がないように感じていた。

 2003年になって、中日ドラゴンズ担当になることを告げられた。プロ野球担当は、スポーツ紙の花形だが、もちろん“見込まれて”の異動ではない。デスクは「取材するメンツは毎年ほとんど変わらないんだ。さすがのお前でも赤字を出すことはないだろ」と溜め息交じりに告げた。

 それからほどなくして、私は初めての“特オチ”を経験することになる。

 ドラゴンズ番になってからの私には、いわば“丁稚”のような仕事しかなかった。同じ中日担当の先輩記者に言われるままに動く。現場に出てもまともな記事を書くことはほとんどなく、起こった出来事を機械的に羅列して10行ほどの記事にする「雑観」しか書かせてもらえなかった。これは私の推測だが、赤字を出し続ける問題児に対して、会社からキャップにそういうお達しが出ていたのではないかと思う。

 ある朝、デスクから電話がかかってきた。

 当時の監督だった山田久志さんが解任されたという。しかもそのニュースは他社のスクープではなく、複数の競合紙が報じるなかで、自分たちが遅れをとった"特オチ"だった。

 プロ野球担当にとって、監督人事以上に大切なニュースはなく、また“特オチ”は記者としてあってはならない、最も怖れるべきことの一つである。

 デスクに叱られながらそれでも、私はそれを全く他人事のように受け止めていた。そもそも記者ならば本来、“特オチ”は、取材先に向かう朝に読む、競合他紙の紙面で知るべきことなのだ。私はデスクからの電話を受けるまで、自宅で暢気に寝ていた。

 落合さんとの8年間を過ごす前、私はそういう記者だった。


すずき・ただひら
1977年千葉県生まれ。愛知県立熱田高校、名古屋外国語大学を卒業後、日刊スポーツ新聞社、Number編集部を経てフリーに。著書に『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』。取材・構成を担当した本に『清原和博 告白』『薬物依存症』がある。


写真:©文藝春秋/釜谷洋史


【中篇】につづく

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