清張作品において登場人物がどのように鉄道を利用しているかを詳細に見る本書から理解できるのは、鉄道のあり方と日本のあり方の密接な関係性です。戦後、日本の復興と経済発展により、各種列車のスピードアップなど、鉄道の存在感は増していきました。しかし都市部で経済的成長が続く一方で、取り残された地方についても清張が見逃さなかったことも、本書には記されます。日本社会と共に姿を変える鉄道のあり方を捉えた清張作品を読み解く本書には、長年新聞記者として活躍した著者の視点が、存分に生かされているのです。
そうこうしているうちに、清張版の乗りつぶし路線図は、着実に育っていきます。『蒼い描点』については、
「典子は清張作品中に登場する男女通じて、初乗り最長距離のタイトルホルダーである」
と主人公を労わり、『ゼロの焦点』については、
「禎子が一番乗りしたのは、長岡の1駅手前にあり、信越、上越線の分岐点である宮内から金沢までの247.2㌔と認定できる」
と、お墨付きを与える著者は、非常に楽しそうです。各章末には、登場人物達がどれほどの距離を稼いだかが地図に示されていますが、
「日本列島に血管が太く、かつ微細に通い始めた、と感じる」(第6章)
「日本列島の骨組みはますます強靭になった」(第7章)
と乗車区間が伸びゆく様を記す筆致は、まるで我が子の成長を愛でる親かのよう。清張路線図は最終的にほぼ日本の全域に伸びていき、旧国鉄とJR、私鉄を合わせて、一万三五〇〇キロを超えるのでした。
清張と自分を重ね合わせながら、この机上の乗りつぶし旅に夢中になっていた気がしてなりません。著者は、清張と同じ朝日新聞西部本社に長年勤務していた記者。またエピローグによれば、著者の自宅近くの道を、清張が祖母の棺を乗せた大八車とともに通ってもいます。著者にとって松本清張は特別な存在であり、
「全国各地の乗り鉄で求めていたものは、時空を超えた清張や登場人物と会うことではなかったか」
とも書いているのです。
とはいえ清張小説の登場人物達が、どの区間に初乗りをしているかを調べることは、ただ著者の個人的興味を満たすためだけの作業ではありません。我々は本書を読むことによって、松本清張という作家が時代ごとにどのような問題意識を持っていたのか、そして清張が生きた日本はどのような時代だったかを知ることになります。エピローグの最後に記される、東京中心の国土観に対する批判的視線、そして日本の隅々まで平等に見る視線を、本書は我々に伝えてくれるのでした。
清張作品の登場人物による乗りつぶし地図を完成させた後、次に著者はどのような夢を追い求めているのでしょうか。セイチョリアンとしてのさらなるご活躍が、楽しみなところです。
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