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『源氏物語』と『小袖日記』の「世」と「身」と「心」

『源氏物語』と『小袖日記』の「世」と「身」と「心」

文:山本 淳子 (平安文学研究者)

『小袖日記』(柴田 よしき)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『源氏物語』の女たち

 さて、本書のなかで「あたし」は平安時代の異界にワープし、そこで「小袖」という女性として生きて、紫式部の『源氏物語』制作のアシスタントを務めます。持ち前の好奇心と行動力と人情、そしてそれなりの正義感によって、小袖は様々な事件の渦中に飛び込み、謎や誤解や偏見に閉ざされていた女性たちの真実を突き止め、紫式部に伝えます。すると紫式部がそれを少し変えて『源氏物語』に仕立てるという仕組みです。『源氏物語』の奥に隠された真実を知るのは小袖と紫式部、そしてこの物語の読者だけです。では、古典作品の『源氏物語』はそれぞれの女性をどのように描いているのでしょうか。ここからは、それを少しばかり紹介しましょう。

 第一章の「夕顔」は、光源氏が十七歳の夏に出会った女性です。庶民街の夕顔が咲く小家(こいえ)に住み、気の利いた和歌も詠み、従順で可愛かったのですが、泊まり掛けで訪れた廃院「某(なにがし)の院」で怪異に襲われ死んでしまいます。その後、光源氏の悪友頭中将(とうのちゅうじょう)の愛人で子供もありつつ、本妻に脅かされ、怯えて庶民街に仮住まいをしていたとわかります。引っ込み思案で人に意思を告げられない性格でした。光源氏からの扱われ方に屈辱を感じても言えず、廃院行きも嫌だと断れず、結果物怪(もののけ)に殺された。これが彼女の「世」と「身」と「心」でした。

 第二章の「末摘花」は、皇族の遺した愛娘(まなむすめ)という点に惹かれて光源氏が手を出すも、あまりに個性的な外見にたじろいだ女性です。「末摘花」とはベニバナの別名、つまり「赤鼻」ということです。末摘花の背負う「世」と「身」と「心」は、不器量な外見に加え貧困と孤独そして愚鈍です。でも一方で、彼女は強い信念の人でもあり、父の遺した家を(あばら家になっても)守り、光源氏を(彼がすっかり彼女を忘れても)信じ続けました。物語では、それが一種の奇跡を生みます。末摘花の物語は笑い話と読まれることが多いのですが、不屈と救いの話でもあります。ただし、優しい作者によるおとぎ話の類かもしれませんが。

 第三章の「葵」は、光源氏が十二歳で結婚した正妻。夫婦仲はしっくりせず、結婚十年にして初めて懐妊し、出産の数日後に死亡しました。光源氏の愛人六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の生霊の仕業とほのめかされますが、真相は不明です。葵の「世」と「身」は、権力者の娘で父の政略の道具とされる運命。そして「心」は、父の意に従うなら自分は当然皇太子と結婚するものと夢見ていたのに、蓋を開けてみればあてがわれたのは光源氏、皇位継承権も持たない臣下の男だったという落胆と、彼の度重なる裏切りを許せない怒りです。死の間際、ひとときだけ光源氏と心がつながったとも読めますが、果たしてそうか。これはぜひ『源氏物語』を読んで考えてほしいところです。

 第四章の「明石」、第五章の「若紫」についても、「あたし」が物語末尾で『源氏物語』を読もうと決心したように、ぜひ原典を読んで下さい。それぞれの「世」と「身」と「心」を負った彼女たちは、今を生きる私たちでもあるはずです。

文春文庫
小袖日記
柴田よしき

定価:858円(税込)発売日:2022年04月06日

電子書籍
小袖日記
柴田よしき

発売日:2022年04月06日

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